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𓀏裏切りのあと𓀏
𓆋1 行きはよいよい帰りは⋯⋯
しおりを挟む暗い通路に、雄叫びが響いた。
「あンのクッソアマァ!!」
「ドルガ、落ち着け。冷静にならないと、マジで危ないぜ?」
上半身を血の滲む包帯で覆った虎人のドルガは、自慢の戦斧を一振りで、蛇の魔物のふたつある首を落とした。
「あの巫山戯たアマの面を叩いてやらにゃ怒りは収まらねぇし、怒りが収まらねぇからこそ、アドレナリンがバンバンで痛みも感じねえのよ」
「そ、そうかもな。傷口が開かなきゃいいが⋯⋯」
有り余る体力と驚異の回復力を持つ虎人だからこその立ち回りだろう。
包帯に滲む血はどう見ても返り血ではなさそうだったが、平気なのか気迫で動き回っているのか、物理的にはドルガが一番魔物を斃していた。
「そろそろ、上への階段だろう。安全地帯で休んでいこう」
大きな荷物を壁際に積み上げて守るように立ち、それらを狙う猿の魔物を、両端が穂先になっている長棹を腰撓めに振り回して屠る片腕のドラゴニュート。
落とされた左腕は、いずれ再生するとは言え、一日二日で生え替わるものでもないようだ。
荷物を狙う習性の猿やネズミの魔物を長棹で物理的に退治しながら、時折魔法を使って、豹人のペイルに襲いかかる邪妖精を消滅させていた。
今回のクエストの目玉である隠し部屋の祭壇に祀られたお宝を鷹族の鳥人トゥグリに持ち逃げされ、祭壇に手を出す者に襲いかかるガーディアンを命辛々斃しきって、部屋に残る宝物を持てるだけ袋に詰めて逃げ帰る途中である。
行きはよいよい帰りは怖い。三人の内二人が負傷したパーティでは、予定通りの速度では進めなかった。
無理を通せば全滅もしかねない。
定期的に行われる間引き掃討作戦の後だからこそ、出没する魔物の頻度が低いのが利点であったが、その分偶然出会う友軍に救われる可能性も低かった。
「いきり立つな。冷静さを失うと、致命的なミスを冒すかもしれん。クエストの目標は持ち逃げされたが、宝物と魔石はこの先数年働かなくても暮らせるくらいあるんだ。実入りは悪くない」
左腕を落とされたというのに、ゲイルはドルガほど興奮した様子はなかった。
むしろ冷静なほどで、いつも通りである。
ゲイルにとってみれば、クエストに失敗したのは待機メンバーで必要に応じてのスポット参加をしていた斥候役のトゥグリに裏切られたからであり、左腕が落ちたのは、裏切られたショックで冷静さを失った己の油断からであった。
それを納得しているので、ドルガほど怒りは湧いてこないのである。
命と体力さえあれば手足ならば再生する爬虫人ならではの性質かもしれなかった。
勿論、騙された事は腹立たしいし、クエストに失敗して探索者評価が下がるのは残念だが、仲間になって日の浅いトゥグリへの警戒が薄かった自分達にも失点はあると考えていた。
とにかく、今は三人が欠けることなく無事に地上へ戻ることが先決で、外に出れば探索者協会の支部もある。
そこでクエスト失敗の経緯報告と、トゥグリへの査問申請をすれば、暫くは休むことも出来る。
探索者資格の証明書でもあるドッグタグには、特殊な魔法による探索ログが収録されている。
外部からの書き換えや消去は出来ないよう保護される加工が施されているので、申請さえすれば問題なく受理されるものと思われた。
それに、先に興奮していきり立つ仲間が居れば、却って冷静になれるものでもある。
リーダーはドルガであったが、ムードメーカーで情報収集担当のペイルもややお調子者で、実質、大事な局面での判断はゲイルが行うことも少なくない。
そうやってバランスを取ってきた。
今までなら、荷物を守るのは、今では稀少になってしまった獣相のない純正の少年の役目であったが、クエストの為に生贄に使ってしまった。
獣相のない純正ならばこそ、体力も膂力も敏捷さも低く、戦闘に向かない少年であったし、能力値が低く姿も自分達と違いすぎるが故に、奴隷とまではいかないまでもペットか何かのような、同等の仲間と思っていなかったのは三人とも同様である。
──ただ、内包魔力は少なくなかったようだし、威力としての魔力は意外に高かったようだから、ちゃんと魔法を教えてやれば、或いは魔道士として使えたかもしれんな。それも今更だが⋯⋯
ただの荷物持ち兼雑用係として、入れ替わりの早い獣人達先代メンバーから引き継いだ少年。
ラルクのように可愛がっていた者もいると聞く。
もっと、飼い慣らすのではなく向き合うべきだったのかもしれん。
手荷物や装備品に目をつける魔物を大方斃し尽くしたゲイルは、ため息をついた。
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