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月がきれいだった
22.久々に、子犬の方のュエインがやって来た。
しおりを挟む結局のところ、ュエインって、何者なんだろう?
この勝手に刺されたピアスは、言語をイメージで脳内翻訳する機能を持った魔道具で、恐らくそんなに安い物じゃないと思う。
それを勿体なさそうにすることなく、有り難がって感謝しろと押しつけがましい訳でもなく使う辺り、権力者で資産家なのかなと思う。
服も、いつも軍服に似た礼服を着ていて、素材も艶のあるいいものっぽい。
髪もお肌も手入れが行き届いていて、違いなく裕福な家の人だろう。
下働きの下女やメイドさんも時々訪れるけれど、あまりいい基礎化粧品を使ってなさそう。
日本って、全国民ではなくても、多くの一般市民レベルで見ても、恵まれてる環境なんだな、と改めて思った。
今いる部屋の小物が少しづつ整理されていく。
ュエインが、もっと大きな窓とテラスのある『安全な』新しい部屋を用意してくれることになったので、引っ越す予定である。
直ぐに引っ越さないのは、何らかの準備があるとのこと。
どんな部屋かなと想像して楽しんでいると、久々に、子犬の方のュエインがやって来た。
主だった世話役のオバさん、お姐さん達は休憩に入り、交代に、若い女の子二人になったタイミングだった。前もそうだったよね。
ひとりは、最初に私が逃げ出したときの同年代の子で、もう一人は、妖艶さを清楚なお仕着せで包み隠したような二十代半ばのお姐さん。
実は、若い子は、あれ以来ュエインから特別手当をもらって、私の自由時間を調整するのに協力してくれている。
監視の目のスキを見つけると、魔道具を使って報らせるのだ。
魔道具とは思えない、木彫りの、装飾もない腕輪で、一般的には、恋人や仲のいい友達と互いに交換して仲を深めるのに使われる、魔道具と言うよりはおまじないやおまもりレベルのブレスレットで、周りの人達は、誰かに贈られたものだと思ってるのだろう、疑われたこともない。実際には、ュエインに、私を連れ出せるタイミングを報せる信号魔法がかかっているらしい。
「主さま、夫人達は、あと一刻ほどで戻ってくるかと思われます」
なんと! この妖艶美人お姐さんは、ュエインの部下だった!?
「うん、早めに帰るよ」
いつものように、目立つ茜色のドレスから白い寝間着みたいなシンプルなワンピースに着替え、白いカーテンのように大きな布に包まれて、ュエインの縦抱きで部屋を出る。
誰も通らない非常階段のような建物の隅の階段を下りて、いつもの坪庭に出る。
そこで、被せられた布を取ってもらうと、久しぶりの太陽が眩しい。二週間ぶり?
ュエインも眩しいのか、目を細めてこちらを見る。
「しばらく会いに来られなくてごめんね。どうしても都合がつけられなくて」
「ま、まあ、こうして来てくれたから、良しとするわ」
「うん、赦してくれてありがとう」
はぁ、子犬が力の限りしっぽ振ってるわ。
綺羅綺羅しい髪が、陽光を浴びて更に輝いてるし、少しだけ上気した頰と薄めの色の紅を引いたような唇が映える白い肌。
その造形は、私が過去に見たどんな俳優よりも美しい。男のクセに生意気な。
「アカネ」
もう、おねだり? 久しぶりだからか、今日は早いな。
まあ、外に連れ出してくれてるんだし、ほっぺやおでこにチュッくらいは許してもいいんだけど。
こちらを熱のある眼で見つめてくるュエインと見合っていると、無性にアレをやりたくなってきた。
人差し指を立てて、ふぃっと右に振ると、そのまま視線が追って、ュエインは右を向いた。
そう、あっち向いてホイッ である。
教えたら、やってくれるかな。もう一度、今度は左に振ってみると、やはり左を向いてくれる。
ふふふ。あの、威張りんぼのュエインじゃなくて、子犬のュエインだけど、ュエインがキョトンとしてあっち向いてホイッに釣られるのは、ちょっとおかしくて、笑ってしまう。
──可愛いかも
そうだ。
私は、ちょっとしたイタズラを思いついた。
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