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月がきれいだった
18.20歳になったら食べられちゃうの?
しおりを挟むそれは、久しぶりに来た彼が、変わっていた事から始まった。
「アカネ。少しは、大人になったかい? ちゃんと食べて健康かな?」
お世話係の女性たちは、腰帯の端についている飾りを揺らし、音を鳴らすことで互いを確認し合い、扉を開ける。
たまに来る、健康状態を確認する医者か薬師だろう女性も、ノックと、従者の鳴らす音で扉を室内の世話係が開ける。
ノックもなく、仲間かどうかの確認もなく扉を開けるのは、ュエインだけである。偉そうな方の。後、初日以降顔を見せないオジサン達。
そのことは知っていたのに、久しぶりに彼の綺麗な顔を見て嬉しそうにしてしまったのが不思議なのか、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をして、扉を開けた状態で固まっていた。
「ほう? 私が来たのがそんなに嬉しいかい?」
あれ? 秘密デートを始める前の、偉そうなュエインだ。
本当に、意味がわからない。
なぜ使い分けるのか。使い分けてるのではなく、本当は別人なのか。
こんだけ人が違えば、周りの人達も気づいてるはず? やっぱり別人だけど、同一人物として扱ってる? 多重人格者として有名人?
本人に訊いてみようかしら。
でも、もし別人で、秘密デートの方のュエインは、こっちのュエインにも内緒で私を連れ出してくれていたとしたら?
やはり訊けなかった。
もしどちらかを選べるなら、断然あちらの大型犬の子犬のようなュエインがいいに決まってる。
こちらの孤高の王者『智豹』のフリをした、偉そうで『威張り獅子』みたいなュエインは好きじゃないもの。
「そんなに急に大人になる訳ないでしょう?」
「だが、乙女の徴は来ているのだろう?」
「何それ。乙女のシルシ? 見たまま乙女でしょ? オババじゃないわよ。その綺麗なお目々はお飾りなの?」
「アカネの世界では乙女の徴とは言わないのかな? 子を成せるようになれば毎月来るだろう?」
「ばっ⋯⋯かじゃないの? そんな綺麗な顔してなんてこと言うのよ。二次性徴は12歳前後で始まるけど、それで即大人って訳じゃないわよ、最初に言ったでしょ?」
「水環の媛の言葉に、嘘、齟齬はありません」
また、真偽の珠!? 私の言葉を信じてないのね? まぁ、ちょっと盛りめに話してる部分はあるけれど、私が本当に本気で20歳前に性交渉・妊娠するのは良くないと思ってるから、嘘だと反応するはずもないのよね。
あれって、本当に真実を見抜くんじゃなくて、私の言動に不審点はないかを見る、嘘発見器みたいなものでしょう?
「本当に、20歳まで待たねばならないのか。5年も待つのか」
「それ、20歳になったら、あんたに食べられちゃうって事?」
「食人の習慣はさすがにないけれど? そういう意味で言ってる訳ではなさそうだね。ふふふ」
「何がおかしいの?」
「まあ、君を食べるのは『神』だと言っておこうか? 贄の水環の媛」
やっぱりそうなんだ! 生贄として、神への供物になるのね。
それとも『神』と言う隠語の権力者の事?
「そのカミサマは、私が選べるの?」
「!! 本当に、君は賢しいね。参ったね」
「選べるなら今のアンタは選ばないわよ」
毎回散歩のたびに、たった一回のほっぺちゅうをする権利を強請る、子犬のュエインなら考えてもいいけれど。あくまでも、考えるだけよ、候補の一人ね。
「ま、今のまま、ここでカゴの鳥をしているんじゃ、その選択肢もアンタ⋯⋯閣下と、初日の無礼で失礼で乱暴なオジさんズしかいないから、選びようもないけれど。わざとかしら? 世話係とアン⋯⋯閣下としか接触がないのは」
ニィっと、嫌味な笑みに、ュエインはその美しい顔を歪めた。
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