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オウジサマってなんだ?

43.子供の世話は初めてだが楽しい公爵家令嬢

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 とにかく、言葉が通じない事には始まらない。
 ヴァニラも覚悟して、絵本に向き合う。

 1ページ目に、猫に似た動物の絵。
 2ページ目に、ダリアみたいなお花と、花に関する種族であろうと思われる妖精の絵が可愛らしい。
 はねは蝶ではなく蜻蛉トンボや蝉などに見られるすじの走った透明な二対のもの。

「ウォロアー!」

 ダリアに似た花を指さして得意げに言ったヴァニラに、ルーティーシアも満足げに頷く。


 猫を《みるウォーびぃ》

 葉を《いーる》

 樹木は《モヴリィーば》

 発音はイマイチ不正確なものの、少しづつ語彙を増やしていく。

 忘れないよう、何回も同じ事を繰り返させる。

 ハチミツ入りミルクティーを飲みきり、何冊かの絵本や児童書を繰り返し勉強する内に夕飯になる。

 当主が不在でも食事が始まる。今夜中の帰宅はないのだろうか。

 手で、刃物を使わずに千切った葉物野菜に、細かく刻まれた果物や胡桃くるみに似た木の実が何種類か散らされ、フルーツソースがまた、ヴァニラの好みに合ったようだった。

 魚の切り身をムニエル風にしたものにあんかけが野菜とともにかかっていて、ヴァニラが不安げにお腹の肉をたるたると揺すっていた。
 腹一杯の意か、贅肉が蓄えられるのを心配したのか。
 そんな姿もルーティーシアには笑みを誘うものだった。

 ドライフルーツのスライスしたものが添えられた紅茶と、カラメルのないプリン的なものが並べられたとき、スプーンでぷるぷるさせながら、ヴァニラの目が輝く。
 好物なのだろう、誰の目にも明らかだった。

《プリンおいち~い》

 恐らく、彼女の国では、この手のデザートをプリンと呼ぶのだろう。

 * * * * *

 ルーティーシアに手を引かれ、彼女には登りづらそうな階段を上がり、2階の与えられた部屋で絵本を開いての言葉の勉強が再開される。
 が、少し経つと、疲れたのか緊張が弛んだのか、眠そうに頭を振ったり目を擦りだした。

 続きは諦めたルーティーシアは、マーサとメイドに任せて、湯殿を使わせる事にした。

 言葉が通じないので、いちいち断らずに、頭皮のマッサージから順に、髪、肩、背中、手足をゆっくり丁寧に摩り、彼女には大きくて深すぎるバスタブに、浮遊魔術でサポートしながら浸からせる。

 薔薇の花びらが水面を埋め尽くすほど浮かべられた浴槽の中で、ヴァニラがうっとり香りを楽しんでいた。

 実はアレルギー性の鼻炎と結膜炎を持ち、喉も炎症を起こしやすい、花の種類によっては匂いすら危険なヴァニラだが、この薔薇の香りは大丈夫なようだ。

 一面の花びらの中に、昨夜と同じ弾力のある水晶玉──ラメ入りの透明なゴムボールにも見える──が浮いていて、ヴァニラは、まるでラッコか玉遊びに興じるパンダのような格好で逆さに抱きついて浮かんでいたり、意外に楽しんでいるようだった。
 もっとも、一般的な大きさのバスタブではあるが小柄なヴァニラには大きすぎて、こうやってなにかに捕まっていないと、足を滑らせて沈んでしまうのだが。

《まあ、腹筋鍛えてると思えば……》

 マイペースで前向きなヴァニラであった。


 髪も簡単にタオルドライした後、メイドの風属性魔術で綺麗に乾かされ、しっとり感のあるのにふわっと軽い、真っ直ぐなようでややクセのある暗褐色の黒髪が出来上がる。

 メイドが用意した透け感の夜着を見せたが例の如く力の限り却下され、妥協案としてのフリルがひらひらしているが薄手で邪魔にならないデザインの寝間着を着せる。
 不満なのか恥ずかしいのか、湯から上がった時の上気とは別の赤らみを目の下に差し、俯き加減でぶつぶつ言うヴァニラも、ルーティーシアには可愛らしく見えていた。


 慣れない環境でめまぐるしく動いていたヴァニラの疲れをとるため、化粧水や保湿クリームなどの手入れを終えたら軽くマッサージを施し、温かいミルクを飲ませ、蒸し上がったヴァニラを促し、そろそろベッドへと誘導している辺りで、ちょうどルーシェンフェルドが帰宅した。


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