空を飛んでも海を渡っても行き着けない、知らない世界から来た娘

ピコっぴ

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オウジサマってなんだ?

31.オウジサマってなんなのだ?

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 引き続き、会話ばかりの回です

  *** *** *** ***

 ヴァニラを襲い始めてからの顛末をより詳細に記し、読み上げ確認をとると、ジュードは牢柵の向こうに戻され、オウルヴィは書類をクルルクヴェートリンブルクに手渡して官舎へ戻って収監手続きをするよう命じ、自分はジュードの自由民株を手に退室する。

 ソクラン・マディウスは、使わなかった罪人取り押さえ用の特殊棒を戸棚に片付け、牢柵の鍵も所定の場所にしまう。

 ルーシェンフェルドも、ソクラン・マディウスを労ってから退室しようとして、ふと立ち止まる。


「そう言えば、お前はバカバカしいと、あの時は教えてくれなかったが、今なら教えてくれるか?」
 動物園の室内檻にも似た個室で、ベッドに腰を下ろしていたジュードに向き直り、訊き直す。

「あん? まだ何か識りたいことが?」
「ヴァニラが私を見上げて言った、お前達の国の言葉だろうが、意味が解らないのがどうしても気になってな……」
「何?」
「彼女は、恐怖に震えながらも潤んだ瞳で私を見て、ひと言だけ発したのだ。
《オウジサマ》と。どういう意味なのだ? 彼女は、やっぱり私を見て、女だと思っているのか?」
「はああ? あんたを見て、女だと思ってるのか、だあ?」

 ジュードは、あり得ないモノを見るような目でルーシェンフェルドを見上げる。
 が、それには気づかず、一人頷きながらルーシェンフェルドは続ける。

「今は居ないから言うが、クルルクヴェートリンブルクが近づくだけで身を硬くして怯えていたし、オウルヴィでも同様だった。が、私には、時折跳び上がってはいたが、概ね気を許している風で、身を寄せてくれていただろう? 私が自身と同じ女だと思っているのかと思ってな?」

「はああ、俺を妖魔の干渉を気づけとかバカ扱いしといて、あんたもいい加減抜けてるな?」
「貴様! 罪人が局長に向かってなんて言い草だ。わきまえぬか」
 ソクラン・マディウスが色めき立つが、片手で制して、ルーシェンフェルドが続ける。

「よい、罪人の戯れ言だ。捨て置け。
 それより、私が抜けているとは、どういう意図で言っている?」
「状況を解ってないのはあんたもだろ?
 ヴァニラもああ見えて女だからな、貞操の危機に駆けつけた人物になら気を許すのは当たり前だろ?
 ……確かに、俺が公爵と呼ぶまでは美人さんだと思ってたかもしれねぇが、その魔道士とは思えないそれなりに鍛えた体に取り縋りゃあ、さすがに男だと気づくだろうよ」
「なるほど、それもそうか……
 魔道が使えない状況でも身を守れるくらいには武道も嗜んでおる。これでも、国防総省の長官でもあるからな。武の道も識らねば、効果的に使い采配する事も、彼らを束ねてゆく事も出来まい?
 それに、強い魔道を使うにはそれなりに体を鍛えておかねば、魔力や威力の反動にやられてしまうからな。一応、鍛えてはいるさ」
「あっそ。なんだよ、その何でもありかって色男ぶりは……反則だろ」
 爪を囓って不満を漏らすジュードに、自嘲気味に笑いながら答える。

「お前よりかはそれなりに濃く生きておるからな。魔道も武道も多少の政治経済も、一通り勉学を納めておる。何もしないで最初からこうだった訳ではないぞ?」
「そりゃそうでしょうがね。こちとら20年ほど適当に面白おかしく生きてきて、こんなに生きる事に必死になったのはここ5年の事なんでね」
 ふて腐れて、ベッドに転がって壁の方を向き、その身を丸める。

「お前達の国が滅んだのは5年前なのか?」
「さてね。数えてた訳じゃないし、ここらと俺らの国と暦も違うし、だいたいそれくらいかなって」
「そうか、苦労したのだな。
 収容所行きは残念だが、そこで、人の役に立つ仕事に従事して、確と目標を持って生きよ」
 励ましているのか貶めているのか、ジュードにとっては微妙な、ルーシェンフェルド本人には至極真面目に本気の言葉をかける。

「収容所で、この先一生女見ないで、なんの楽しみがあるの?」
「生きる意味はなにも、女人と接することばかりではあるまい。
 そなたは国家顛覆や意図的火災、殺人などの重責犯罪や凶悪犯罪ではないゆえ、鉱山労働や奴隷船の漕ぎ手などの重労働は課せられんだろう」
「そんなん、罪償う前に死んでまうわ」
 苦笑いで返す。

「精々、魔道を封じられて、何かの生産労働か魔道省での下働き従事くらいになるよう一応、口は利いてやる。約束したからな。
 魔道省での下働き従事は、女魔道士に近づけられぬゆえ、行動範囲は限られるだろうが」
「本当に、一生女に会えないの?」
 泣きそうな顔して訊ねるジュードを少し不憫に思いながらも、ヴァニラを思うと、その考えを振り払う。

「性犯罪は再犯性の高さから、ほぼ保釈や刑期満了は認められない。過去に特例が出た事もない。私の識る限りはな」
《やっぱりホンマにそうなんや……》

「妖魔の精神干渉が本当なら、多少可哀想にも思わないでもないが、まったく心にない感情を増幅させる事は不可能ゆえ、それは元々そなたの中にあった欲なのだ。やはり自らの欲を律せぬ者を自由にはさせられぬ。
 ヴァニラが泣いた涙の重みの分、人の役に立つ事で償うがよい」
「……解ってるよ。本当にヴァニラを泣かせるつもりなけりゃ、傷つけたくなけりゃ、あの子が泣いた時点で怯んだり後悔したりするはずなんだ。勿論、それまで下着を見たり、手を引いて歩いたり、同郷で好意的に見てたり……色々重なって、それで、彼女とずっと共にいこうと思ったから、元々、いつかは手を出すつもりだったんだ。そこを妖魔なり魔物なりに憑かれたんだとしても、ちび達より強い奴らが森の奥にいるはずだと知ってたのに、思い至らなかった俺が抜けてたんだ」
「反省しているのなら、これからは愚かな行動せぬよう心して生きよ」

 悪戯少年を見る身近な大人のような苦笑で言葉をかけると、取調室の廊下に通じる扉に手をかける。
 開けて、一歩廊下に踏み出すが、振り返って厳しい顔を見せ、
「結局、『オウジサマ』がなんなのかは教えてくれないのか?」
訊ねるも、ジュードは背を向けたまま素っ気なく答える。
「いつか、ヴァニラがこちらの言葉を覚えるか、あんたがヴァニラの言葉を覚えるかしたら、本人に訊きな。
 ……ぜってぇ、教えねぇ」
「そうか。残念だが、教えてくれぬのなら仕方あるまい……だが。
 貴様にも言っておこう。小屋で見たという彼女の下着も、昨夜の彼女の肌や様子もすべて、記憶から抹消するように」
「それは出来ねえ相談だな。それを覚えているから俺の罪を認められる。
 その記憶があるからヴァニラを思っていられる。
 あの瞬間のヴァニラの記憶は、俺だけのもんだ。
 思い出すのも戒めにするのも、俺の自由だ。誰にも触らせねぇ。譬え大魔道士のあんたでもな」
「……なるほど、通りすがりのクルルクヴェートリンブルクとは違う、3日間、ヴァニラと共にいたそなただけの特権か。よかろう、己の罪と共に大切に抱いて生きるがいい。が、誰にも触らせぬとの言、貫けよ。誰にも口外……」
「しねえよ。言っただろ、俺だけのもんだから、誰にも共有させる気はねぇ」
「ならいい。どのような環境におかれても、健康に気をつけ、希望と意志を持って強く生きよ」


 *** *** *** ***

 描写力不足で長くジュード取り調べ回続きまして申し訳ありません。
 脇役ジュード君に興味ない人にとっては蛇足な回でしたかね。
 次からは普通に進めていくかと思います🙀
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