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オウジサマってなんだ?

40.頑張ってお勉強します!

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 ルーシェンフェルドが出掛けた後、ヴァニラは、ルーティーシアやメイド達に世話されて、概ね平和に過ごしていた。

 ──心配かけるし子供に見られるからもう泣くまい。
 涙を堪えると眉間に力が入る様子がより子供っぽく可愛らしく見えるとは知らず、必死に我慢するヴァニラに、警戒させないよう努めて優しく微笑みかけて、ルーティーシアが手をひき、並んでテラスに出た。

 花、樹木、葉、石、土、太陽、雲、空、窓、壁、階段、手摺り……
 色んな物を指さして単語で言って聴かせるが、こちらの言葉に慣れないヴァニラには聞くたびに違うように聞こえるらしく、発音も怪しいものだった。

「ウォルアー」
「ウロアー」
「ウォルアー」
「ウォロワー」
《これがお水ならウォーターに近いから覚えられるかもだけど、お花なんだよね? たぶん……》
 ヴァニラが、発音に苦労しながら、カンサイ圏スイタ市の言葉だろう、ルーティーシアには解らない言葉で呟いたが、まだまだ頑張るようだった。

 色とりどりの花をウォルアー  大まかに指さして、丁寧に発音して聴かせる。

 花びらフェロール雌しべ・フィスティール 雄しべティーブン葉っぱフィールルなど細かく教えようとすると混乱させるだろうから、まずは『花』から入る。

「ウォロワァ」
 ヴァニラが、藤色の釣り鐘型のお花を指さして、ドヤ顔で張り切って発音する。
 その姿が健気で、解らないなりに覚えようとするのが可愛らしくて、そしてなんだか可哀想で、ルーティーシアはつい、笑顔で見上げるヴァニラを抱き締める。
 いきなり抱き締められた瞬間はキョトンとしていたヴァニラも、ルーティーシアの温かく柔らかい感触に、ふふと小さく笑って軽く抱き返す。

 その後も、ルーティーシアが発音し、ヴァニラが習って繰り返す事を何度も続けた。

 太陽が高くなってくると、手元の影が濃くなり、日焼けを心配したメイドが日陰を作るために、布を張った竿を2人に翳して立った。

 フィリシスティアーナもテラスで、白い天幕の下で二人掛けベンチに座って2人の様子を見ている。
 天幕と言っても本格的な物ではなく、木枠に布を張ったものだった。枠と柱だけで、四角く、商店の軒先についてあるような簡単なものではあるが、布地の質は良いものだ。


 ───── ◆ ◆ ◆ ──────


 太陽が完全に中天した頃、メイド長マーサが迎えに来る。

 テラスから室内に入ると、ルーティーシアは小声で呟き、空気中から水分を集めたのだろう、ヴァニラの目にもハッキリと見える濃霧が発生して、手を清めていく。
 基本的に殆どの人間が何らかの魔道を扱うこの国で、勿論ルーティーシアもかなり強い魔力を持っていた。

 ヴァニラがその様子をじっと見ている。
 ルーティーシアが、ヴァニラの土を払っただけの手を指し、手洗いを促す。

「お食事のようだから、その前に、ちゃんと手をお洗いなさい」
 ヴァニラが左右に首を振り、手洗いを拒否するので、今まで従順で良い子だったのにと、いたずらっ子に小言を言う姉みたいな感じで窘めた。
《魔法は使えないの》
 残念ながら通じない。ルーティーシアは、手洗いを再度促す。
 
 仕方なさげにため息を吐いて、頼りなげで粗く、明らかに慣れていない様子で魔力操作を始める。
 どうやら、水属性の洗浄でウォッシュ はなく光の魔道を使おうとしているようだ。
(光の浄化術? 手を洗うくらいでずいぶん上級な事をしようとするのね……)

 ルーティーシアからすれば随分いい加減な発音、しかしそれでも精一杯な様子で、手元にどんどん魔力と霊気が集まっていく。
(ど、どこまで集めるの? そんなに魔力使わなくても手くらい洗えるでしょうに)

「るりゅろるれれモヴィーダんルライルロ」
 集めた過ぎた魔力のせいで、火傷するのではないかと心配するほどに指先が赤く、熱くなる。が、光ったり浄化出来たりはしない。
 過剰魔力で毛細血管が切れ、内出血し、指先が腫れ上がる。
 
 ルーティーシアは慌てて、氷結と冷霧の合わせ魔術で、ヴァニラの真っ赤になった手を冷やす。
 冷やした後、治癒ヒールをかけて傷を治す。
 かなり驚き、怪我をした本人よりも強く早く、心臓がドキドキする。

《ありがとうございます! 私はまだ、魔法……魔道は使えません》
 言葉は解らないが、言っている事は判った。
 魔術がまだ上手く使えないという事を実践して教えたのだろう。
 ルーティーシアは動悸が収まらない胸を押さえながら何度か頷き、ヴァニラのまだ熱い手を引いて、リビングルームを出る。

 庭やサンルーム内が、強めに陽が差して暖かかった分、直射日光が差さない温度差で廊下はひんやりしていたのが、ヴァニラには心地よかった。
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