空を飛んでも海を渡っても行き着けない、知らない世界から来た娘

ピコっぴ

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オウジサマってなんだ?

12.少女は、ベリーがお好き

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 執事の目配せで、給仕係のメイドが、濃厚でもったりとした、湯気のたつスープを運んでくる。
 男に襲われて怯える少女のために、ルーシェンフェルドの椅子をひいた後は、執事を残して、男性使用人はすべて厨房へ下げられた。

 縦長で、左右に10人ほどは座れそうなテーブルの上座に当主のルーシェンフェルドと膝の上に少女。
 下座の、出入り口に近い席に、オウルヴィとクルルクヴェートリンブルクが並んで着席している。
 中程の壁際に、観劇用の二人掛けベンチセティにフィリシスティアーナとルーティーシア・マリヴァ・ルッシェンリールが、ドライフルーツ入りハーブティーを手に、ルーシェンフェルドの様子を覗っていた。

 オウルヴィ達が同席するのはいつもの事であるし、母と妹が居るのも、お茶を飲みながら同席しているただそれだけで、特に気にはならない。
 ルーシェンフェルドは、害意や敵意には鋭く反応しても、その他の気配にはあまり気を配らない質であった。

 温かいスープで癒やして、早く休んで貰わねばならない。
 努めて笑顔を見せ、子供用の匙にスープを掬い、少女の口元に運んだ。

 少女は戸惑い、チラッとルーシェンフェルドを見るが、残念ながらより笑みを深めて匙を唇に添わせるだけだ。
(うう~。これは、食べなきゃ駄目なやつ?)
 羞恥に頰を染め、涙目でルーシェンフェルドとスープを交互に見たが、観念して、口を開く。
 長い時間泣いた後で喉の奥が腫れ上がっており、あまり口が開かないが、子供用の浅めの匙なので、なんとか入る。
(あ、美味しい……!)
 丁寧に裏漉しされた、子供でも食べやすいよう熱すぎずぬるすぎず、程々の温度であったので、実は猫舌な少女にも味わうことが出来た。

 上司が食事を始めたので、オウルヴィ達も配膳されたものに手をつけ始めていたが、ふと、ルーシェンフェルドの様子を見て、匙を取り落としそうになる。
(あんな局長、見たことない……)
(随分楽しそうで微笑ましい様子ではあるが、たしか罪人……ジュードとやらは、彼女は成人していると言ってなかっただろうか?)
 2人は、目で会話しながら、食事を再開する。
 ちなみに、フィリシスティアーナは優雅に、さすが貴族階級の貴婦人といった風で、ハーブティーを飲んだり、ルーシェンフェルドを観察したりしていた。
 が、ルーティーシアは、奇妙なものを見るような目で、己の兄を観ていた。

 その後も、ルーシェンフェルドは、細かく刻まれたチップサラダや蒸し鶏の裂いたものなどを、次々と、親鳥のように少女の口に運んだ。
 少女があまりにも美味しそうに食べるので、見てる周りの者達もつい微笑みそうになる。
 ルーシェンフェルドなどは、家族も長らく見た事がないような笑みであった。

 途中、強烈な視線を感じたのか、下座の方に首を巡らせて、オウルヴィ達と目が合ってしまった少女が、林檎のように顔を紅くして挙動不審になった。
 が、オウルヴィ達が頭を下げ、上司に最後まで付き合うようアイコンタクトで頼むと、渋々といった様子で、涙目でルーシェンフェルドと向き合った。

(やはり、最低でも子供ではないようだな。幾つくらいなのであろうか。俺もすっかり、ようやく学校に上がったくらいの子供かと思っていたぞ)
 クルルクヴェートリンブルクは内心1人頷く。
 オウルヴィも似たような感想であった。

(だとしたら、あれは恥ずかしいだろうなぁ……)

 同情はするが、助け船は出さない2人であった。


 スープ、サラダ、主菜ときて、デザートにベリーがのった小振りのタルトが出て来る。
 少女の目が、共に出された果汁ドリンクを素通りして、フルーツタルトに集中したのに、観ていた4人はすぐに気づいた。
 勿論、ルーシェンフェルドも、
(やはり、甘い物が好物なのだな)
笑みを深めて、崩れないように上掛けされたゼリー状の蜜が艶めくベリータルトを手に取り、少女の口元に運んだ。
 今までのどれよりも美味しそうに食べる姿は、本当は子供なのか?と疑うような可愛らしさだった。

 が、どうした事か、こちらも笑みが漏れる表情でタルトを食べていたのに、急に、肩を震わして喉の奥が引き連れる音を漏らし、大粒の涙がポロリと零れ、また溢れてくる。
 慌てて拭ったが、至近距離で見てしまったルーシェンフェルドが、目に見えて慌て始める。
「お、……あ、な、泣くな。どうしたのだ?
 フェルナンデス、先程のタルト、まだあるなら持って来い」
「はっ。ただいまお持ちします」

 主人あるじの命に、頭を下げ、慌てて厨房へさがる。

 程なく、トレーに幾つかタルト菓子が並べられて運ばれてくる。
 先程と同じ、クリームとベリーがのったタルトが3つと、他にも、グレープフルーツに似た柑橘系果物がのっているものや、可愛い食用の花が何種類も飾られているタルト、林檎が角切りとスライスと併せてのってるものなどが並べられていた。

 タルトが出て来るまで、ルーシェンフェルドは、ずっと少女の頰を、時折涙を拭いながら、撫で続けていた。

 先程少女が、満面の笑みで食したベリータルトを、丁寧に持ち上げ、ルーシェンフェルドは少女の唇に、タルトをそっと当てる。
 今夜はずっと泣いたりしていたので、喉の奥が腫れて顎も強張り、少女の口はちょこっとしか開かない。が、小さく囓り、ゆるりとタルトが口の中に入っていく。
 その時、崩れたタルト生地の欠片が、少女の胸元や腿に、幾つか散らばる。
 それを少女はじっと見ていた。ただ、見ていただけである。勿体ない、か、こぼれちゃった、程度の事である。
 が、それを催促のように感じた人物が居た。
 ルーシェンフェルドである。

 *** *** *** *** ***

 タルト、美味しくて幸せになれますよね
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