空を飛んでも海を渡っても行き着けない、知らない世界から来た娘

ピコっぴ

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オウジサマってなんだ?

3.魔の森と緑風の森

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「局長、ひと雨来そうですね」
 ルーシェンフェルドが可愛がっている部下の一人マリーオウムシェラ・オウルヴィ・エンジュスティウム・クールヴァントが、ぶるっと身を震わせ肩を摩りながら空を見上げる。

 東の霊獣王の連邦小国の者から見れば長身な者や大柄な者が多いこの国において、オウルヴィは、日本人ならば平均的な身長一七〇cmそこそこの中肉中背でありながらも小柄とされていた。
 愛らしい優しい顔つきで、日本人として生まれていれば、アイドル歌手や俳優としてもてはやされていたに違いない。
 髪も明るい栗色で、瞳は赤金色。肌はやや日に焼けているがまあ白い方だ。
 魔道も使える剣術士として、騎士団から魔道省に派遣されている。
 主に、職務で外出する魔道士達を物理的に護る事が主な任務となる。
 省内に居る時は、騎士仲間や若手の魔道士達と、剣と魔道を交えての武道訓練に加わる。

 その中でも、魔道省おさのルーシェンフェルドの護衛担当である彼は、それなりの実力を備えた出世頭と言えよう。
 ルーシェンフェルドに可愛がられている事も自信に繋がり、身内で密かに自慢している。
 それは、自身の柔らかい印象の姿が一層信憑性を醸すのであろう一部で囁かれる、女っ気無しのルーシェンフェルドのお小姓さんをしているのではないかという悪い噂も含めて、総てが自分を評価しているからこそのモノだと自負している。
 勿論、ルーシェンフェルドにそんな嗜好は無い。
 ここでは小姓とは、身分の高い者に仕える若者の総称であり、秘書や侍従、小間使いから護衛に、急場の盾役から最悪の場合の身代わりまでこなす、優秀な者をさすのが本来で、そういう意味では、オウルヴィは正しくルーシェンフェルドの小姓であった。
 だからこそ、実力がない、或いは機会に恵まれない者のやっかみとして、お小姓さんと陰口をたたかれても、それは、オウルヴィにとって名誉の称号でもあった。

 勿論、オウルヴィ一人で年中無休でルーシェンフェルドの世話をするわけにもいかないので、当然、通時2~3人体制で、5人のメンバーの交替で役目に当たる。
 この日はオウルヴィと、もう1人肉厚で大柄な青年が相棒であった。
 見た目は騎士というよりも、打撃武器持ちインパクトウエポンユーザーの傭兵か国軍兵士のイメージが強い。普段から白い金属の騎士鎧の正装をしている訳ではなく、この日も普通の騎士の訓練着に軽装備だけだから尚更だ。

 あれから毎日、国王はごねてはルーシェンフェルドを部屋に呼びつけ、からかう事でストレスを解消させていた。
 逆に、ルーシェンフェルドにストレスが溜まる一方で、どこかで発散させねば気鬱の病を得るかもしれなかった。

 今日は、茶を飲み干しても解放してくれず、やれどんな娘が好みなのかだの、侍従の少年をお小姓にしているのは本当なのかだの、宰相とデキてる説は本当ならちょっと仲の良いところを見せてみろだの、その内容は益々ルーシェンフェルドにストレスを溜め込ませるものであった。
 そんな事より宰相にあてがえ! むしろ、国王が独身で不都合だろうからさっさとそちらこそ結婚しやがれだの、ルーシェンフェルドのキャラクターが崩れかけていた。
 危うく、国防の要の魔道省随一の魔導師が、国王に魔道を叩き込むという不祥事に発展しかねない状況に、のらりくらりと宰相の軽口で反らして、薄暗くなり始めた頃にやっと解放されたのだった。


「オウルヴィもクルルクヴェートリンブルクも、雨具は持っているのか?」
 オウルヴィの相棒は、クルルクヴェートリンブルク・カスルヴァ・シルルブェンドリウム・ヒルシェヴァーンという名を持っている。
 とにかく、この国の者は、長く発音しにくい名をつける傾向にある。
 より長く発音しにくい力強い名をつけると、よい神の加護を受けて、より強い魔力霊力と精神力胆力が備わると信じられているからだ。
 そこをいくと、ルーシェンフェルドの名はまだスッキリしている方かもしれない。

 通常はフルネームを、ルーシェンフェルドがオウルヴィと呼ぶように、上位者が下位の者に話しかける時は、呼びやすい愛名か、家名を呼ぶものだが、彼は、クルルクヴェートリンブルクという強そうな力ある名前を気に入っていて、一般人にはフルネームを、目上の者や親しい者には本名みなで呼ぶように、求めていた。
 本来、ルーシェンフェルドや国王のように、魔力霊力の強い者が本名みなのみで呼ぶ事は強制力や威圧が加わるので禁じ手とされているが、本人が望んでいるので、ルーシェンフェルドは希望通りに本名で呼んでいた。

「はっ! 大丈夫であります。防水と、火炎と雷撃避けの魔道を編み込んだポンチョを用意してあります」
 敬礼!と叫びたくなるような奇麗な直立不動の姿勢で、片手を眉の辺りに添わせる礼をとるクルルクヴェートリンブルク。
 目は、直接目上の者の目を覗き込まないよう、やや斜め上に振っている。見た目だけでなく、中身も暑苦しい漢である。
 但し、生真面目で正直な分、扱いさえ間違えなければ、信用出来る人物でもあった。

 ルーシェンフェルドは頷き、再び、騎馬の頸を進行方向に巡らし、帰路への歩みを進める。

「天候が大丈夫ならいつも通りに、領地に入ったら馬で駆けるが、2人とも、怪我も体調不良も無いな?」
「「大丈夫であります!!」」
 ルーシェンフェルドの領地は、王都から南西に馬の常歩なみあしで軽く1時間はかかる。
 領地内に入ってからも、速歩はやあし駆歩かけあしでもまだ小一時間ほど丘や山道を通らねばやしきには辿り着けない。

 今は社交の時期では無いので、皆、領地に戻ってカントリーハウスに居るものだ。
 それでも、城で働く者は、城下町のタウンハウスか、城内の地下の使用人部屋で暮らす。
 当然ルーシェンフェルドも、城下町の一等地に、通常は庭付き連棟建て住宅であるタウンハウスとは違う、前庭中庭裏庭もある、煉瓦造りの町屋敷を有している。
 が、領地の家族と過ごす事を優先して、可能な限り本宅に帰る。
 緊急時の為に、魔道省と、王宮内の本宮ほんぐう地下とを繋ぐ転移魔道式陣が、本宅の地下にも敷いてある。
 起動させるには多くの魔力を使うが、ルーシェンフェルドには問題ない量だ。
 が、お伴の騎士達では、1度使うと暫くは魔道は使えなくなる。保有魔力量が少ない者は、使用後昏倒する場合もある程だ。

 故に帰宅時には、普通に馬や馬車などの乗り物を利用する。


 王都から領地に入って、馬を速歩で駆けさせる。まだ、雨は降ってはいない。

 少し進むと、山岳民族の住む山と連なる山々から魔物も少なからず出る森が広がり、領民も、魔獣の毛皮や肉、骨などの素材が必要でなければ、あまり立ち入らなかった地区に入る。

 この辺りがアッカード家の所領に含まれたのはここ数十年の事で、ルーシェンフェルドが当主になってからだ。
 国王に次ぐ魔力の持ち主であるルーシェンフェルドが領主として存在することで、彼より力の弱い魔獣達は山から下りてこない。
 そこを見込まれて、王領地であった魔の森が、エリキシエルアルガッフェイル公爵領緑風の森になったのだ。

 魔力を多く含んだ風の通る、林と、小川と、中心の緑濃い森に、近年あまり見かけなくなった精霊が多く棲んでいる為、新領主として『緑風の森』と命名した所、ルーシェンフェルドの魔力と霊力と、名の力と、精霊が作用して、人が立ち入っても心地よく、風吹く精霊の森となった。
 その事は、国王に感謝と労いの言葉を賜ったが、それよりも良い森になった事が、ルーシェンフェルドは満足だったし嬉しかった。
 公爵位を亡き父から受け継いで、初めて自分が領主であると実感出来た瞬間であった。

 だから、この森の側を通る時は、急ぎの用がない限り、馬も馬車も徒歩も、ゆっくりと、森の霊気を感じながら通るのが好きだった。

「本当に不思議ですね。自分が子供の頃は、ここは魔の森と呼ばれて、誰も立ち入らない、たまに強力な魔物や魔獣が出て来て人を襲う場所であったのに、局長が襲名して拝領した途端、霊気漂う清涼な地と変わったのですから」
 まるで自分の手柄のように誇らしげに、クルルクヴェートリンブルクが胸を張る。
 オウルヴィも同じ気持ちだった。
「私の魔力霊力とこの地の精霊とが相性が良くて助かったな。私の力が衰えない限りは、清涼な土地として、森の恵みの恩恵を受けられるだろう」
 ここを通る時はいつも機嫌がいいルーシェンフェルドであった。その瞬間までは。



 もうすぐ森の側を通過して、再び領地へと続く街道に出るといった所で、問題が発生した。

 街道沿いの林の向こう、丘陵地と森の境付近から、女性の悲鳴が上がったのだ。
 それも、普通の何かに驚いてあげる絹を裂くようなものではなく、子供が虐待を受けて誰かに助けを求めるような、切羽詰まった声が断続的に上がる。
《やっ! やぁ! やめっ!! 止めてって! バカァ! 止めてってばぁ! 誰かー!! 誰か来てー!! 止めてってばぁ! 助けてー!!》


 *** *** *** *** ***

 やっと明莉が出て来ますね~ 
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