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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち

77.あたたかい家族像

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 ルーチェさんは、手作りケーキの入った包みごと、両手で口元を抑え、震えている。

「どう……し、て? 私、フルネームで名乗ってないわ?」
「ハシュさん、先程フォートさんと呼ばれていた護衛の神官戦士の男性に聞いたから」
「お兄さまと面識が?」
「……誰の前でも、知らない人のフリをするように言われていましたが、以前、あの方に助けていただきました」
《シオリ。一応、声が周りに届かないようにしたけど、ここは人目ひとめ をひくわ。移動したほうが……》
「フィリシアありがとう。そうよね。みなさん、フィリシアが、私達の声が他人に聴こえないようにしてくれましたが、食堂への通路にひと家族が立って話すのも目立ちますので、移動しましょう」

 まして、その家族の会話が誰にも届かないとなれば、目立つ、では済まないだろう。

 他の巡礼者達が朝食を摂っている大部屋の端のテーブルに着く。隣のテーブルには誰も座ってないので、声が聴こえなくても誰も気にしないだろう。
 私が話す間、シーグとカリクさんが、みんなの分の朝食のお膳を取りに行ってくれている。

「話す、と言っても大して話すことはないのですが……」

 召喚されたことも言わない方がいいだろうし。
 美弥子達の事も言わない方がいいとは思ったので、かいつまんでの話となる。

「まず、私は、今年の初夏に両親を事故でなくしました」
 お母様が、口元を両手て多い、いたわしげな顔で私を見る。
 ルーチェさんも顔色が良くない。

「私もその場にいたのですが、両親が守ってくれたのでしょう、ひたいの端を少し切る程度でたいした怪我もありませんでしたが、その前後の記憶は曖昧で……
 気がついたらクロノ大神殿に保護されていました」

 目が覚めて、泉でみそぎをさせられたあと技能スキル検知サーチ水晶球クリステルを試させられ、何も結果が得られなかった事。
 それは、大神官達にいい感情のなかった妖精や精霊達が結果を隠したのだが、その場にいた人達は視えない人ばかりだったので、技能スキル階位クラスもない立場を誰にも理解されなかったという事。
 結果がないのは、私がけがれているとか悪魔憑きではないかと判断され、神聖なる神殿内で処分──殺傷する訳にも行かず、着のみ着のままに棄てられたこと。

「あまり、信仰の象徴でもある神殿の事を悪く言う事もできずに、黙ってました。申し訳ありません」
「それは、仕方のない事だ。神殿の中でもクロノ神の本山である大神殿の事を悪しざまに言うと、まわりにどう思われるか、どう扱われるかわからない。まして、そこの大神官にいわくつきとされたなら、迫害を受ける可能性もある。黙っていて正解だよ」
 つらかったね。お父様は優しく私のテーブルに置いた手を握って力づけようとしてくれた。

「棄てるように裏口から追い出された時に、戸口で立ち会っていたあの方に、何も持たされなかった私のために、僧兵用の配給餌食をこっそり分けていただいて、食べ方も教わりました。
 その時にも、知らなければ嘘偽りなく知らない人のフリが出来るだろうと、名は聞きませんでした。後から何かあった時に、訊かれても知らなければ答えようがありませんから。
 知らない間に勝手に連れて来られて地理に明るくない私に、方角と、王都のある南を教えてくれて、王都には行かないほうがいいとも教えてくれました」
 ご両親もお兄さんも、ハシュさんの行動に何度も頷いていた。

「南を避けて北に行き、ハウザー砦街で拾われ、寝場所と身の振り方、養父母を得られたのも、そこまで大事なくいられたのも、みんなハシュさんのおかげです。恩人なんです」
「フィオリーナさん。なぜか、あなたとは縁を切ってはいけない気がしてたの。お料理の手際に感心したのも、ラッピングを手伝ってくださったり、心遣いなども、人柄を信用できると思ったのももちろんだけど、妖精や精霊をたくさん連れていたのも、私達とどことなく近い髪や目の色味も、初めて会った時からするっと馴染めたのも、みんな精霊と女神アルファ様のお導きよ」
 目に涙を溜めて、肩にしがみついてくるルーチェさん。

「ハシュさんには、妹さんの名は、フォルと呼んでいると聞かされていましたので、フルネームのフォルトゥナルーチェを知っていても、そうだと気づけませんでした。フォル、とルーチェでは印象が違うので…… すぐに気づけなくてごめんなさい」
 私の肩に顔を押し付けたまま、首を振るルーチェさん。

「本殿の修道僧兵としての誓いを立てると例え休暇中でもお国元に帰ったり出来ないとのことで、心苦しそうに、フォルトゥナルーチェとは幸運の光という意味で、どこかでフォルさんに会えたら、兄は元気でいると、顔を見せる事ができなくて済まないと伝えて欲しいと言われました」
「あいつめ、この兄の事は何も言わなかったのかい」
「親しげに長話をする暇はありませんでしたので。監視の目を案じていたでしょうし。
 それに、私に心を砕いてくださった理由を、お国に残してきたルーチェさんを思っての事だと教えてくれる意味もあったのかと」
「そうだね。私とは、下の三人は年が離れていてね。一番下のルーチェは、あの頃は妖精の声を聴けたし、精霊にも好かれていたから、心配もしていただろうし、特にハシュはルーチェを可愛がっていたから」
「カリクお兄様にもお姉様にも、お父様やお母様にも、今だってみんなに可愛がっていただいてます。私も、家族を愛してます」

 いいな、羨ましい。愛し愛される、あたたかい家族。

 羨望の目を向けていたのだろう、シーグが黙って私の手を握り込んでくれる。

 うん。大丈夫。今は、私もひとりじゃない。




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