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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち
75.修道司祭と精霊眼
しおりを挟む夜の山道は危ないので、静謐神殿の灯りがそう遠くない位置に見えていても、山荘に一泊するらしい。
道を外れて崖に落ちたり脱輪しても大変だし、冬に向けて、熊や魔獣などが参道にまで出てきやすくなるから。
もちろん、山荘に入ったら、夕食のあと、誰も外へ散策には出られないそうで、シーグは愚痴ってた。
「俺が、そこらの魔獣に負けるかよ」だそうです。
「だめよ。野生動物や魔獣に負けなくても、瘴気や穢れにあったら大変だもの。シーグは大丈夫かしらって、心配でジッとしてられないわ」
シーグの手を取って頼めば、渋々夜の散歩は諦めてくれた。
元々、あの大神殿からハウザー砦街までの森を縄張りにしていたのなら、この辺りは馴れた庭のようなものなのかもしれない。
大神殿からハウザーまでの参道は浄化し終えてるのだから、この辺りも大丈夫なのかもしれない。
でも、もしもの事があったら……
「わ、わかったよ、出ない。そばにいるから。な、泣くな」
別に、泣き落としを狙ったわけじゃない。でも、大神殿に近づいたからか不安で、嫌な予感ばかりするの。
そして、良くない事態を想像すると、じわりと涙が滲むのである。
カリクお兄さんが明るい笑い声をあげる。
「シーグは、過保護気味で愛妻家なんだな。ベタ惚れかい?」
「俺の唯一の番いだ。生涯、彼女だけを伴侶として大切にする」
「いいねぇ。私もそんな情熱的な間柄になれる相手が欲しいよ」
「そういえば、カリクさんは、独身なんですか?」
「残念ながら、モテないんだよ。九つも下の妹が先に嫁いでしまった」
「それでも運命の相手を待っているなんて、それはそれで情熱的なのかも?」
「そうなのかな。まあ、ルーチェが嫁に行くまでは、私も一人で頑張るかな。ちゃんとした嫁入り道具や持参金も持たせてやりたいからね」
「おいおいカリク。私が甲斐性なしの父親みたいじゃないか」
いいなぁ。温かい家族って。みんなが、それぞれを思ってる。
私も、シーグとそうなれるかな。受けた親の愛情が薄くても、私は自分の子供をちゃんと愛せるかな。
「フィオリーナさん? 顔が赤いわよ? まだ具合よくないの?」
「い、いいえ。シーグの明け透けな台詞に照れてるだけです」
シーグと私の子供まで考えて、顔に熱が集まってしまった。
そして、ちょっとした疑問も。
──シーグと私の子供が出来たら、赤ちゃんで生まれるのかしら? それとも、子犬の姿で生まれるのかしら?
後でちゃんと訊いておかなきゃ。驚いて取り落としちゃったら大変だもの。
食事が終わって、恥ずかしさに俯き、シーグに肩を抱かれ支えられるように歩いていると、背後から声がかかる。
「先程の。奥様の具合はいかがですか?」
「ああ、だいぶ良くなったようだ。気にかけてくれてありがとう」
「いえ。それも修道司祭の役目ですから。ご家族で精霊に近しいようですが、昔から馴染みが?」
神聖術を中級まで扱えるという神官さんは、柔和な笑顔なのに何かを探るような目で、私達をひとりひとり見ていく。
やっぱり目をひくよね。全員がこの国で珍しい栗毛で、全員が元素精霊をどこかにくっつけているのだ。
この人は、見える人なのかな……?
サヴィアンヌはさっさと姿を消し、フィリシアやアリアンロッドも建物の外へ避難している。彼女らは最近、このパターンの行動が素早くなったなあ。
修道司祭の問いに、少し躊躇ったが、嘘をついたり誤魔化さずに、シーグがほどほどに答える。
「いや。俺は風の精霊の守護があるようだが、魔術は使えない。火事場のなんとやら的に、状況に応じて身体強化できるくらいか。妻や家族は、見えるようだが聴こえないので、気のいい隣人のようなものらしいな」
「見えるのに、働きかけられないのですか。それは残念ですね。私などは霊気は読めるのですが、他者の守護精霊ですらその姿は見えないので羨ましいです。一度でいいから、妖精や精霊の姿を見てみたいですね」
「ウィガロの民はみんなこんな感じですよ。そこに居るのを許容して、お互いの居場所に干渉しない。こちらも畏れたり依頼心を持ったりしないが、向こうもこちらには不必要に構わない」
「隣人として適度な距離感を保つのです」
「いやはや、それも羨ましいです。……では、よい夢を」
「ありがとうございます。よい夢を」
あの人は、純粋に私の体調を心配してくれたのだろうか。美弥子達のスペアとして、穢れや瘴気への手駒が欲しいのだろうか……
神職の人が信じられないのも困った世界だな。
標高が高いからか、週末の収穫祭が済んだら冬に向けて寒くなっていく時期だからか、今夜はかなり冷えたが、あてられた部屋に戻ると、恒例となったフィリシアの暖流に部屋は温く、アリアンロッドのクリーン術で身を清め、すっかりヒートテック的な扱いになっているサヴィアンヌの試作品妖精の絢衣の湯着を肌着に、朝までぐっすり眠った。
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