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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち

69.高名な精霊術士?

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「失礼する」

 そう言って、背が高く、お胸もお腰もバーンとした妙齢の女性が声をかけてきた。
 長い竿状の武器を抱え、硬く加工した革の鎧を身につけている。護衛についてくれている豊穣神殿テラスポリスの神官戦士だろう。

「あの、何か?」

 私達は、東連山の山のひとつにある山荘で、夕食をいただいて各自割り当てられたお部屋に帰るところである。

「高名な精霊術士とお見受けする。申し訳ないが、お顔を存じ上げておりませんでしたので、一度お名前をお聞かせ願えないかと」

 ついに来たか。萬屋の登録職業旅人りょじんや一般人と違って、魔術にも精通した神官戦士には、私の周りの精霊を誤魔化しきれなかったみたいだ。
 大きな精霊達は、一度は顔を見にくるものの、フィリシアが事情を話して丁重にお帰りいただいてもらってるし、通りすがりの私についてくる事はないけれど、妖精達は大抵が手を振ってくれたり声掛けしてくれる。
 何より、言葉で意思疏通が出来ない元素精霊は、それぞれが思い思いに寄ってきて、私に触れたり頭に乗っかったり、肩の上でトーテム・ポールしたり、とにかくいつも精霊が絶えないのだ。
 精霊術士と思われてもおかしくはない。

「どなたかとお間違えでは?」
「え? いや、そんなに大きな精霊を使役されているのだ、異国の、名のある精霊術士に違いないと思うのだが……」
「ごめんなさい。私、精霊術どころか、魔術も使ったことがないの。
 お役に立てなくてごめんなさい」

 嘘ではない。アリアンロッドやフィリシアと共にいても、お願いをきいてもらっても精霊術を使った事もないし、魔術の使い方も知らないから。
 三人官女に貰った、魔力の放出を抑えるケープも、宮廷に縁のある人物と間違われるので、この旅の間は、妖精郷の倉庫にしまってある。もっと寒くなったら重ね着はするかもしれないけど、まだそこまでではない。
 その分、元素精霊のまとわりつきは前の通りになっている。

 そして名を与えたことで契約精霊と同等になっているフィリシアやアリアンロッドは、魔力の強い人や霊感の強い人なら、精霊眼を持っていなくても見えるのだ。

 目をつけられる可能性はあると思っていた。
 ただ、この巡礼コースで同行している人の半分は他国から来た大巡礼の人で、必ずしも国民ではない。だから、あまり神殿関係者に関わらなければ大丈夫かな?と思っていたけれど、思ったより豊穣神殿テラスポリスの神官は視る目を持っているらしい。
 明後日あさって到着予定の静謐神殿クロノポリスでは視えない人ばかりのようだから、あそこで神殿内に入らなければ、なんとかなると思っていたけれど、甘かったみたいだ。

「そんなに精霊がついていて、魔術を使ったことがない?」
「はい。使い方を知りませんし、習った事もありません」
「そんなに潤沢な魔力を持っていて?」
「魔力の使い方も殆どわかりません。生まれた地は、魔術を使う人は一人もいない土地でしたので」

 これも嘘ではない。の手品師くらいはいたけれど、本当の魔法を使える人は、表向きいない。いたかもしれないけど、世界の常識ではいない事になってる。ファンタジーなフィクション世界の話だ。

「信じられないな…… ああ、いや、貴殿を疑うのではなく、魔術を知らない土地があるという話が、初めて聞いた……いや、東の、獣人たちの国の向こうや小国では、まじない師はいても魔術士はいないんだったか?」
「獣人も王都で一人、見ただけですね」

 偶然か、今は姿を消しているサヴィアンヌの采配か。たぶん後者だろう、真実の精霊がにっこり微笑んで私にしなだれかかっているので、嘘は言ってないとわかるはず。これほど正確な嘘発見器はないだろう。
 困ったな。目をつけられたくないし、嘘は言わない事にしているのに、あまり色々聞かれたら、ボロが出そうだし、早く私に興味を失って、部屋に戻ってくれないかな……

「失礼。うちの子が何かご迷惑を?」

 私の肩に、大きくて温かい手が重ねられる。
 ルーチェさんのお兄さんだ。ルーチェさんも一緒にいる。
 食堂から一緒に戻ったはずなのに、私が遅れているから探しに来てくれたのだろう。
「お兄さん…… この人が、私を魔法使いと間違えるの」

 子供に間違えられる外見を活かし、子供のふりをして、お兄さんに身を寄せてみる。不安げな子供が甘えるように。
 ルーチェさんも隣に立って、私の肩を抱いてくれる。

「栗毛に榛の瞳。南のウィガロ出身のめぐ……か?」
「妹達が何か失礼をしましたか?」
「ああ、そうではない。妹御は……精霊に愛される方なのか?」
「さて。ウィガロの住民は、誰もが見えずとも聴こえずとも、妖精と暮らし感謝して共存する。その延長に精霊がいることもあるが、どちらも、ただのお隣さんで、知らぬ人だ。知人ではあるが友人ではない。あなた達のような崇高な使つかいにはなれないでしょう。
 事実、私も両親も多少は見えますが、全く聴こえません。あなた方の望む、精霊を使って事には協力できませんよ」

 随分と、ハッキリと、詳細に語り断るお兄さん。
 過去に何かあったのかな。

 そして、初めて知ること。
 ルーチェさん達は、十数年前に王都に引っ越してきたと言っていたけれど、その前は、南の他国の人だった。
 この辺りではあまり見ない栗毛だから親近感を持っていたけれど、異国の人達だったんだ……

「いや、重ね重ね、失礼した。以前そのような迷惑をかける者がいたのであれば代わって謝罪しよう。そんなつもりではなかったのだ。
 あまりに精霊に愛されていたから、かなりの精霊術の使い手だろうと、名と顔を知っておこうと思ったまで。不快な思いをさせてしまって、本当に申し訳ない」

 丁寧に、誠実に謝ってはくれたけれど、なんかちぐはぐ。

 過去にルーチェさんの家族に迷惑をかけた人がいたとして、この人が意味は?
 どんな迷惑をかけたのか知りもしないのに形だけ謝ってる?
 それともそんな思いを再びさせてしまった事にただ謝っているだけで、言い方の問題?

 なんか、もういいですよ、とは言いづらくて、ルーチェさんと並んで小さくなり、お兄さんの後ろに隠れてしまった。

「謝罪と言うなら、妹たちに──私達家族にあまり構いすぎないでください。巡礼者と神殿関係者。それだけで。……失礼します」

 お兄さんは私とルーチェさんの背を押して部屋へ促すので、神官戦士の女性を見ないようにして、そそくさと割り当てられた部屋へ戻った。




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