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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち
64.サヴィアンヌの蜂蜜
しおりを挟む朝ごはんは朝日がまだ山の向こうにあり、空が白んてきた5時半頃、控え目に鐘が鳴らされた。
ハウザー砦街や王都よりも東にあるため、少しだけ夜明けが早い。
《シオリ、花の蜜漬けはあとどれくらいアルノ?》
心配げにサヴィアンヌが訊ねてくる。ルーチェさん達には関係ない(?)ので、フィリシアも通訳していない。
そろそろ言われると思ったわ。正直、もう無いのだ。
サヴィアンヌは、複数の妖精と婚姻して複雑なほど多くの妖精の特徴を受け継ぎ、当然花に祝福を与える事もできる。
ので、花蕾を調達するのは容易い。
マガナの野菜と花売りのオバサンに貰った花の蕾も、サヴィアンヌの妖精郷に預けてある。少しづつ取り出せば、まだしばらくは保つ。
問題は『フィオちゃん印の妖精のはちみつ』がもうないのだ。
予備の新品を、王妃様のお遣いで妖精の蜂蜜を探していたバレッタさん達に譲り、サヴィアンヌの食事に補填していた分の開封済みのものも、彼女達の分として差し出したのだ。
昨日までは、蜜漬けの花蕾をサヴィアンヌに提供して、瓶に残った蜂蜜に次の花蕾を入れてなんとかまわしていたけれど、さすがに瓶は空になってしまっていた。
在庫の蜜漬け花蕾は、今サヴィアンヌがもしゃもしゃしているのが最後なのである。
《ワタシの食事をどうするノカ、まったくの考えなしニ、あの姦し三人娘にあげちゃったノ?》
サヴィアンヌは昭和の芸能人を知ってるの?とか思ったけど、そんな訳ないだろう。昭和云々以前に、私の世界の芸能人を知ってるはずがない。
きっと、自分よりも賑やかなバレッタさん達を、三人一組で賑やかだと言ってるだけよね。かくいう私も三人官女なんて、脳内で三人を一纏めに、まるで桃の節句の二段目の飾り人形ですかって呼び方してたけど。
(※一段目お雛様お内裏様 二段目三人官女 三段目五人囃子……)
なんてくだらないことを考えてる内に、どんどんサヴィアンヌの気配が不穏になっていく。お、怒るの? 感情豊かな彼女の事。呆れたり笑ったり。でも、怒ったら、妖精って怖いんじゃないかしら。
そもそも、守護してもらってるお礼に、毎朝晩、妖精の蜂蜜でつけた花蕾を提供するって約束だったもの。怒るのは当然だろう。
《シオリ?》
声が一オクターブ下がってる。普通の蜂蜜やメイプルシロップでもいいのかしら。メイプルシロップなら、売ってるかもしれない。
「さ、サヴィアンヌ、あのね……」
≪ダイジョーブ‼ アリアン、いい子。シオの役に立つ≫
サヴィアンヌと似た胸を張るポーズでそっくり返ってテーブルの上に立つアリアンロッド。カインハウザー様のもとから帰るなり、お行儀の悪い(人の子ではないから感覚は違うのだろうけど)
「アリアン、あなた達は人間とは違うとはわかっているけれど、それでも、食卓の上に立つのはやめなさい」
≪あい。ゴメンナサイ≫
巡礼者や聖職者の中には、精霊を視る人がいるのでは、と、振り返ると、上座に座っている金の縫取りの白いローブを来たお爺さんと、青い修道士のようなローブの青年、巡礼者の中の私達を除く唯一の親子連れの母親が、アリアンロッドを驚きの表情で見ている。
他にも数人、視えてはいないようだけど、気配や霊気は感じられるのか、アリアンロッドにはピントは合わないものの、こちらを向いている人もいる。
フィリシアは空気を読んで窓から出ていっていた。
「喋る大精霊?」
あの金の縫取りのローブを来た、いかにも聖職者といったお爺さんは、もしかしたら、クロノ神殿で会った大神官に匹敵するか準ずる地位の人なのかもしれない。聖職者なのに金の縫取りなんていかにも偉そう。そう思うと急にお爺さんが胡散臭く見えてくる。重症かもしれない。
そんな周りには気づかずに──もともと周りのことは気にしないのだろうけど、アリアンロッドは、嬉しそうに、後ろ手に隠したものを見せる。
≪ジャーン! フィオちゃん本舗の妖精のはちみつ~≫
ラベルも瓶も新しい、出来たてのような蜂蜜の瓶をサヴィアンヌの前にコトリと置いた。
≪サビ、蜂蜜好き。全部バレタ達持ってったから、アリアン、新しいのもらってきた、サヴィのもの。名前書いてる≫
指差したところを見ると、ラベルの下の方の空白部分に、チョークのような素材の筆記具で子供が書いたような文字が見える。
慣れない私よりも酷い字だけど、ちゃんとサヴィアンヌと書かれている。
≪アリアン、セルに習ってイッショケンメー書いた。サビのため。これ、ひと瓶全部サビのもの。セル持って行っていい言った≫
《あらぁ、気が利くじゃナイ。いい子ネェ。誰かさんとは大違い》
私の事を言ってるんだろうな。後先考えずに、この先の食事をどうするつもりだったのかと。
この巡礼に同行しなければ、まっすぐハウザー砦街に戻れば足りるはずだったのよ。ホントよ。
せっかくなのでアリアンロッドが持ってきてくれた、妖精の蜂蜜の蓋を開け、いい匂いがするのを感じながら左の手のひらを上に手首を返すと、早速サヴィアンヌが妖精郷の倉庫から、マガナの青果店のオバサンの息子さんの花を出して乗せてくれる。
「まあ、手品みたいですわ」
「サヴィアンヌに以前預けたものを出してもらうんです。私が何かしてる訳ではないですよ」
「そうなんですね。なんでも預けられるんですか?」
何でも? どうなんだろう。○○は駄目とかって前置きはされてないけど……
《もちろん何でもいいワヨ? 例えば人間デモ》
「え? 流石にそれは……」
ない、と続けようとおもたたけれど、フィリシアがいないからか、ルーチェさんには聴こえなかったらしい。
フィリシアがいないせいだと解っているらしく「なんですって?」と、特に驚いた風もなくにこやかに訊き返して来る。
どこかでその様子を見ていたのだろうフィリシアが、通訳を再開したらしい。そこからは再び通じていた。
《例えば人間でも預かれるワヨって言ったノ》
「まあ、まるで、それは神隠しのようですわ」
なるほどと思った。
誰かが預けたのか、迷い込んだのか、妖精のイタズラなのか。
理由はともかく、こちらと時間軸の合わない自由な妖精郷に行って、過去や未来に戻ってくれば、何も知らない本人や周りは、神隠しのように思えるだろう。
実際にそういう事はあったのかもしれない。
サヴィアンヌの夕飯と、明日の朝食分の花蕾を蜂蜜漬けにして背負い袋にしまう。
私達のやりとりを、サヴィアンヌの言葉以外聴いていた周りの人達は、たぶん理解しきれなかったのだろう、首を傾げたり不思議そうな顔をしていた。
でも神の子の家と言われる教会の集会所に精霊が現れる事は特に不思議ではないのか、サヴィアンヌも含め、心配したようには騒がれなかった。
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