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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち

37.お宿にて①

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 ホテル。第一印象は、子供の頃、母の誕生日に食事に行った、老舗ホテルのエントランスホール。
 受付で慇懃に応対する従業員。

 バレッタさんの言う通り、三人で予約していたけど一人、下働きの子を同室させたいと言ったら、素直にOKが出て、夕食もつけてくれるという。

 日本のリゾートホテルのように、一階に大広間や大食堂なんかもあって、ここで官僚たちが話し合ったり会食を設けたりするのだとか。
 食堂で食べるのが普通だけど、機密事項の会合に使われたり、一般庶民と下位貴族が同席する気まずさのために、自室で食べる人も少なくなくて、彼女達も、王妃様のお使い中という名目で、カインハウザー様のおもしろエピソードを聞き出すべく、部屋で食事を希望した。

「お部屋の鍵になります」

 金属製の、シリンダー錠の鍵と思われる物を受け取る。長い紐がついていて、バレッタさんの首に通した。
 三人はいわゆる身分証となる生まれや住んでる場所を記した木札ではなく、マントの縫取りとスカーフの刺繍を見せた。
 受付嬢の隣に立つ男性が、左手に程よく収まるサイズの水晶玉を出して、縫取り刺繍にかざすと、じんわり薄黄色の光が点灯した。

「間違いなく、宮女様でありますね。お務めご苦労様です」
「お食事は、魚料理と大角羊ビッグホーン、エロローンと、肉なし野菜盛りがございます」
「え~、迷うなぁ」
「エロローンって、みなさんが騎乗なさってる、ダチョウやエミューみたいな大型の鳥ですよね? 鶏肉は好きなんだけど⋯⋯」
「そうよぉ? クセはないんだけど、結構成長したのに当たると、肉が引き締まりすぎて硬くて食べられないかも?」
「魚は何?」
「本日は東海の白身魚、タラチネスでございます」
「いいわね、それにするわ」
「私、肉なし野菜盛りで」
「エロローン、ホワイトソース煮」
「ちなみに、エロローンはナイビア産、大角羊ビッグホーンはハウザー産でございます」
「ハウザー!」
「あら~、フィオちゃんの故郷ね? 懐かしい味がするかも?」
「では、大角羊ビッグホーンでよろしいですか?」
「はい、お願いします」

 養母メリッサさんの妹さんグレイスさんの味と同じではないだろうけど。
 それでも、実は少しホームシックになりかけていたので、つい選んでしまった。

「わざわざ慣れた味でなくても、出先ならではのものを食べるのもいいと思うけどね」
「いいじゃないねぇ。ハウザー卿の話を聞くのに、いいスパイスになるかもしれないじゃないの」
「それもそうか」
「行こ行こ」

 賑やかな何人とお部屋に向かう。
 三階の奥の部屋で、窓からは、蛍火の灯る川と、遠くカラカルの山が見えた。
 カラカル山地の一番高い位置に、灯りが見える。

「あれは、大神殿よ。凄いわよね、ここまで何日の距離があると思ってるのよねぇ。これだけ離れてても見えるあの光は、神殿の中に満たされた生と死を司る大神たいしんクロノの御力みちからが溢れ出て灯ってるって噂よ」
「本当なら、怖いわよね」

 真面目な顔をして、大神殿が放っている神気の炎とやらを眺めるバレッタさん。

「え? どうして? ありがたいとかあがめたいとかじゃなくて?」
「だって、あれがともり続けるってことは、大神たいしんクロノが、死者の魂を受け取り続けているって事でしょう? ずっと、常に誰かが死んでいて、それは受け取った魂からの力を循環させるクロノの力が溢れるほどの数だってことでしょう?」
「大神クロノの力って、死者の魂を、循環させる事で満たしていくの?」
「そう言われているわ。その力は、冥府の大神よりも大きいと言われているのよ」

 一瞬、怖い事を考えてしまった。

 死者の魂を受け取ることで、循環させる力が増幅するというのなら、祀る大神の力を強大にするために、一定の死者が出る事を容認し⋯⋯

《シオリ。それは、その考えはダメよ》

 サヴィアンヌがパタパタと飛んで来て、顔に張り付く。
 驚いて、思考が止まってしまった。

「あら、その蝶、馬車の中でずっといるなと思ってたけど、まさかフィオちゃんのペットなの?」
「ペット⋯⋯ではないけど、お友達? 保護者?」
「蝶が保護者なの? 面白い事言うのね」
「あら、死者の魂が、現世の生前のゆかりの地を巡るのに蝶になるって聞いた事あるわよ? フィオちゃんの、ご先祖様だったりして」

 死者の魂が蝶になるって、この世界でも言われる事なんだ。

 ぼんやりそんな事を考えていたら、食事が運ばれて来た。



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