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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち
17.幻想的な森の中で眠る夜
しおりを挟む街燈がなくても(この世界には電灯はない)月明かりで歩けると思ったのは間違いだった。
木や道、足元の小石はおろか、自分の手すら見えないのだ。
ハウザー砦に居た時も、陽が落ちてからは、お庭の露天風呂しか出た事がなかった。
お屋敷から、露天風呂に出て、またお屋敷からお庭を通って小屋に帰る。
朝陽が昇らない薄暗い頃に、起き出してお屋敷へ朝食の下拵えのお手伝いに行く。
そのどれも、普通に歩けた。
日本の街のように街灯や電飾はなく、空は満天の星が瞬いていた。天然のプラネタリウムである。
それでも、私が通る場所は、光霊の入った小さな行灯のようなものが点在していて、足元は見えていた。
完全な夜に、お屋敷の丘の下の町を歩いた事はなかったのだ。
まさか、こんな真の闇が存在するなんて。
自分の手を目の前で動かしてみるけれど、まったく見えない。
私の前に居るはずの、シーグの耳もお尻尾も、全然居るのかすらわからない。
『シオリ、大丈夫か? 獣族の血が入ってない人間は、夜目がそんなに利かないんじゃないのか?』
「⋯⋯うん。実は、だいぶ前にシーグの姿も見失って、今は、自分の手も見えない」
『それじゃ歩けないじゃないか』
「うん、まさか、ここまで真っ暗闇だとは……」
《だから言ったじゃナイ。仕方ないワ。今夜は、ワタシが連れてったげるワヨ》
「え? それって……」
町までワープするって事?
と訊く間もなく、見えるものは燐光を放つサヴィアンヌの翅と、半透明だけどしっかりした形の判る精霊であるアリアンロッドだけの真っ暗闇から、きらきらした光が散らばる、植物の匂いが濃い場所に立っていた。
「え? ここ……」
以前、リリティスさんと一緒になって、お仕事中のカインハウザー様を拉致した、妖精郷の広場だ。
《あのままじゃ、数歩進んだら、右手の崖から落っこちるか、左手の斜面に突っ込む事になるデショ》
「うう…… スミマセン、お世話かけます」
私は来た事があるけど、シーグは初めてで、キョロキョロ見ている。
「ここ、サヴィアンヌの管理してる妖精郷よね? 戻って来たの?」
《何処にいても、ワタシはここへ来れるノヨ。ハウザーまで戻った訳じゃないワヨ。心配しないで》
今まで歩いた道程が0に戻っちゃったのかと思って焦った。
どうやら、何処にいても、カラカル山脈のどこかにポイントのある、彼女の妖精郷へ行けるらしい。
『さっきまでの闇夜の山道が、なんで突然薄明るい林ん中になるんだ?』
《ワタシの妖精郷ヨ。夜でも眠らない夜光蟲もいるし、妖精達の妖力のこもった蛍袋や、発光キノコや光りゴケなんかがいっぱいあるからネ、夜中でもこうして幻想的な光景ナノヨ》
日本で、テレビで見たファンタジー映画の世界のようで、とても綺麗だった。
紺碧と黒に塗られた影絵のような木々と空。
黄や黄緑、水色やオレンジ、ピンクに紫、色とりどりの蛍光色に光るほわほわした物が、そこかしこに溜まったり飛び交ったり。
影と光の宝石箱か、イルミネーションショーのようだった。
案外、私達のように、異世界に召喚された人達が見た景色を、童話や神話、小説などに残したのかもしれない。
そう思ったら、夜光虫って海のプランクトンじゃないの?と言うツッコミは控えた。日本と異世界では違ってもおかしくないだろう。
《人間用のベッドはないケド、草や落ち葉の柔らかい褥は作れるワ。邪妖精や小妖精達のイタズラは、ワタシがさせないから、安心して寝なさい》
「ごめんなさい。ありがとうサヴィアンヌ」
お風呂はないけど、もう寝よう。綺麗な風景を見ながら、いい夢がみれそう。どこがいいかな。木の根元などを見繕っていると、アリアンロッドが霧の塊のように形態を変え、私とシーグを包み込む。
「アリアン?」
≪シオ、お風呂・好き。ここナイ。洗濯スル・任せる。服、脱がなくてもソノママいいよ≫
いつか、エプロンについた汚れやシーグの血を、水霊で叩き、風霊と一緒に通す事で汚れを抜き、乾かしたのを応用しているらしい。
少しヒンヤリとした爽やかなミストに包まれ、頭皮や首、胸の下などの汗が溜まる場所がスッキリしていくのがわかる。
涼やかな風霊が通り抜け、髪も服も綺麗に乾いていた。
ファンタジー小説の生活魔法、クリーンとかなんだとかみたい。
「ふふふ、便利ね、アリアン、ありがとう」
満面の笑みで嬉しそうにするアリアンロッドに、私の霊気と魔力を練った魔力の塊をつくって頭を撫でながら馴染ませてあげると、ハウザー城砦都市からついて来た小さな精霊達が、我も我もと近寄ってきた。
精霊は、世界をまわす力の元素なので、どこにでもいるし、どこにでも行ける。
物理的な形状を持たないので、壁や障害物は無意味で素通りするし、妖精郷の境界や魔法障壁なども抜ける。
自我を持たない純粋な各属性の霊気の精霊達だけど、それだけに、なにも含まない魔力や霊気は大好きなのだという。
《精霊達と戯れるのもいいけど、魔力切れ起こして昏倒はしないようにネ》
サヴィアンヌの忠告に従って、薄く広く展開した魔力を舐めとらせるだけにして、木の根の落ち葉を寄せて、シーグの妖精の羽衣を広げ被せて、式布団代わりに、狼のままのシーグと並んで横たわる。
「ふふふ、こういう野宿って、憧れだったのよ」
アリアンロッドのおかげでふかふかのシーグにしがみつくようにして、目を閉じた。
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