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Ⅲ.女神の祝福を持つ少女たち

8.よくないモノ──祓えない闇

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「良くないもの?」

 シーグが、狼ならではの軽い足取りで私を追い越した。

『この先の斜面に、多分、瘴気しょうきけがれのこごりをまとった生き物の死骸がある……と思う』

「そんな。瘴気だったら、大変!」

 私の数歩先を歩くコールスロウズさんを見ると、難しい顔をしていた。肩の小鳥さん(木霊こだまさん)も、身を低くしてコールスロウズさんにすり寄る。

「一応気をつけて、確認だけしておきましょうかの。まだ育ちきってないけがれなら、可能ならオークス(木霊)とわしはらいますが、瘴気なら、村人や流しの猟師達に、この先へは行かないよう通達しなければなりませんのでな」

 軽い穢れ程度なら弾くことも出来る妖精の羽衣を首に巻いた、精霊の加護の強いシーグが、どんどん先へ確認に行く。

 ポキッ バキボキ……

 なんか、嫌な音が聴こえる。

『シオ、あれはダメだ。片方は〔死に返り〕、もう片方はそれに喰われながらけがれが濃くなっていく死人シビトだ』

 鼻面に皺を寄せて唸るシーグ。こう言う表情は、まさに狼っぽい。

「死に返り? と食べられている穢れを纏った死体があるの?」
『そう。〔死に返り〕は文字通り一度死んで蘇ったもの。魂のない身体容れ物に悪霊が憑いている場合と、自分の死に納得できなくて彷徨さまよ動く死体リビングデッドや、瘴気に侵されて生きながら呪われた死体になっている場合とがあるが、あれは、自我はないと思う。ただ、癒やせない喉のかつえをうるおしたくて、死体をむさぼってる』
 眉間をしわ寄せ、説明してくれるシーグ。

《かなりよくないワネ。闇落ちになった小動物が、瘴気に侵されて体調を崩して死んだ人間を食べテル。闇落ちからもまわりからも瘴気を取り込ンデ、新たな闇落ちになりかかっテル》
「小動物の闇落ちも感染力があなどれませんが、人間の闇落ちは、増殖量が危険ですぞ」

 コールスロウズさんの言うには、野生動物や魔獣が闇落ちになった場合、その運動能力からこちらの攻撃が当たりにくいけれど、触れられなければいいので、光の精霊で瘴気を祓えば、あとは魔術で攻撃したり、精霊の火で燃やしてしまえばいいらしい。

「大抵の人は巫女でなければ出来んと思うとるようですが、実際には、昔から、光の精霊と契約した者なら、精霊に愛されておれば祓えますので、後は精霊の槍を持てる者が滅せばいいのですじゃ」
 ただ、その光の精霊と契約出来る者が、滅多におらんのですがの。

《シオ⋯⋯フィオリーナは、アリアンをもっと大精霊に育てるか、光の精霊と契約すれば祓えるようになるワヨ、タブン》
「本当に?」
《ただ、光の精霊は気難し屋で、滅多に人間と契約しないワネ。自然や世界に対して人間の勝手さが嫌いみたいヨ》

「獣と違い、人間の闇落ちは、生前の知恵の一部を使えますので、道具──武器を振り回したり魔術で対抗してきたりと、さかしく動き回りますからのぉ、なかなか厄介なのじゃよ」
 しかも、人間は感情や思念が強く、瘴気の膨れ上がりようは、動物とは比較にならないほどだという。

「それじゃ、近づくのは危険だからって、放置も出来ない……?」

 去年、巫女が亡くなってから、瘴気や穢れに感染した生き物を浄化出来なくなったために、立ち入り禁止の土地は増えているという。
 カインハウザー様達の話でも聞いていたけれど、どれくらい危険なのかは、当時はよく解ってなかった。

「幸い、と言っていいのか判りませぬが、この国は、巫女がいないために浄化が出来ませぬが、世界の外から来る悪意や魔属の侵攻は殆ど聞きません」

 確かに。そっちの話は、召喚された時に、大神官達の説明で聞いただけで、外では聞いた事がない。

《ワタシの守護してるカラカル地方で、世界の外からの異物の気配は、殆どないワネ》
 殆ど? 蝶の姿でひらひらするサヴィアンヌを覗うと、コールスロウズさん達には聴こえないように、私の頭の中に直接答えてくれた。
《その、僅かな異分子が、アンタ達召喚者ヨ》

 なるほど。守護してる土地の隅々まで知っている妖精王サヴィアンヌの、識らない存在値を持った人間が、私達、召喚された人間なのだという。

《ミヤコは澄んだ霊気を持ってて、霊魂も魔力もいい匂いダケド、ワタシの好みじゃないノヨネ~。
 シオリ。アンタは、霊魂も魔力も、声も思考も、甘くてとてもいい匂いヨ。つい、舐めたくなるワ》

 ククク

 サヴィアンヌが三日月のような目をして笑った。



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