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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋
114. シーグの独占欲と精霊の不満
しおりを挟む《シオリ、寝た!》
《ボクが報告するんだよ! 君は黙ってろ! セルティック! シオリはベッドですやすやだよ》
《シオリは、もう寝たよ!》
《シオリ、あの狼と寝てるよ、セルティックは一緒に寝ないの?》
「わたしはいいよ。ゆっくり寝かせてあげなさい」
《あの狼、ウザい》
「ウザい?」
わたしが眉を顰めると、リリティスはクスクスと笑い出した。
言の葉を操る風の精霊は、リリティスにも伝言を預けたりする馴染みのある子達なので、聴こえたようだ。
「あの番い宣言以降シーグは、例え精霊でも、男性の姿をしてると、睨んで呻って、一定距離内に近づけないんですよ。独占欲が強いようですね」
「そうなのか……」
《アイツ嫌~い》
《シオリ、独り占め、ヨクナイ》
《セルティック、取り返して!》
まだ幼稚な感情しか持っていない、昇格したばかりの精霊達は、不満をこちらに転嫁してきた。
「シオリの精霊力に心酔してるロイスや気安いナイゲル、彼女が頼りにしているヒラスさんなんかに、噛みつかんばかりに呻るそうですよ?」
「それは、なんというか…… まあ……悪い虫がつかなくていいんじゃないか?」
「そういう問題ですか?」
「恐らくだが、シオリに近づく男性を牽制はするものの、実際には噛みついたり傷つけたりはしないだろう」
「だといいんですが」
リリティスの心配ももっともではある。
領主館で保護している子供の飼い犬が、民を傷つけたなどという事件があってはならない事だ。
「一度、シオリにちゃんと聞いておくよ。シーグの知能はどの程度なのか」
「一般的な犬は、幼児なみの知能はあるとは言いますけど、シーグは、もっと、私達と変わらないくらいに会話が成り立ちますから、その分、感情に振り回される事はあるかもしれません」
リリティスの考えには、概ね共感できた。
「わかったよ、きちんと話す。女王陛下も交えてね」
「妖精王も、いざという時には頼りにならないかもしれませんよ」
おや? リリティスは、あの妖精王と気が知れて仲がいいのかと思ったが。
「本来妖精は気ままなものです。勤勉な精霊と違って、気分で意見を翻す事もあるかと。
第一、我々人間とは価値観が違います。私達の倫理や道徳は彼女達には意味のないものでしょう?」
その通りだ。妖精は、利害が一致している間は頼もしいが、それも、彼らの気分が大きく左右する。
彼らの大切にするものが、我々人間と共通するとは限らず、自分達のルールで押し通す事がある。
それをリリティスに教えたのはわたしなのだ。わたしもわかってはいる。
「勿論、解ってるさ。だが、シオリが愛し子だと言うのと、女王陛下はシオリを気に入っていて、どの妖精よりも多くの知識を持っていて、人間との付き合い方も心得ていたようなので、人と自然との仲介役は出来るんじゃないかと思っているよ」
「確かに、今まで見たどの妖精よりも人間臭い部分を持ってますね」
気紛れで好奇心旺盛。多くの妖精と融合して知識と力を蓄えてきた歳古りし妖精王。
その好奇心が人との距離を縮めているのだろう。
「そんな事より、わたしは、一度、サクラの希望に添えるよう、大神殿に行ってこようと思う」
「本来、使者を出すだけでもいいんじゃないかと思いますけどね」
「約束したからね。それに、途中の村と大神殿の様子も見ておきたい」
「本当に、大丈夫なのでしょうか……」
リリティスが心配するのも当然だ。
大巡礼の者が街に落とした、瘴気の種となり得る穢れを、シオリと共にアリアンロッドを使って浄化したのは記憶に古くない。
が、同じような、穢れを纏った巡礼者が後を絶たないのだ。
瘴気になりきれていない内はアリアンロッドの光弾で滅せるが、瘴気になってしまったら、もしそれが街中だったら、手がつけられない。
そこかしこから、伝染して闇落ちになった、決して斃すことの出来ない動く死者が発生するのだ。
どこでつけてくるのか、ちゃんと調査せねばなるまいが、衛士達に命じて瘴気や闇落ちに遭ったら、どんなに後悔しても何をしてもわたしには、彼らに償いきれない。
「かと言って、主だって、何も闇落ちや瘴気に無敵だとか、有効手段を持っているという訳ではないのですよ?
……私は、反対です」
「一応、顔見知りの光の精霊を総動員で連れて行くさ。闇の精霊にも声はかけておくよ」
瘴気や闇落ちに有効な、唯一の効力、光の精霊。
それとて、巫部の女神の祝福を代行する能力を通じて武器とせねば、完全では無い。
準じて、闇の精霊も、負の力や感情を制御する力を持っているが、やはり、女神の祝福を通さねば、その力は100%ではない。
わたしは、精霊に好かれる体質だが、魔力が少なく、巫部には向かなかった。
「もし瘴気に遭っても、1~2度なら、光の精霊が跳ね返してくれるだろう。シーグがその爪や牙で闇落ちを無力化出来たのと同じだよ」
リリティスは気づいてないようだが、シーグのまわりには、いつも風や地の精霊がいる。僅かに光の精霊も。シオリやわたしに比べれば数は少ないが、街の一般市民に比べれば、格段に多い。野生動物にはみられない量だ。
だから、花の親心の妖精サヴィアや花の小妖精達の言う、シーグが闇落ちを押さえつけ風の精霊と共に解体したと言う証言を信用した。
「心配しなくても、危険だと判断したら、すぐに逃げ帰ってくるさ。彼らにも、一応それなりの立場というものがある。領主の謝礼訪問として表立って行くのに、妙な小細工はして来ないだろう」
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