異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました

Ⅱ．新生活・自立と成長と初恋

82．アリアンロッドの覚醒？

≪あっ、ああっ、あぁああぁっあーっ≫

　澄んだ音色なのに、哀しみと怒りと苦しさを含んだヒステリックな悲鳴をあげ、アリアンロッドが空へ高く高く急上昇していく。

「ア、アリアン!?」

　私ももちろんどうすることも出来ず、キリキリとスピンしながら上空へあがっていくアリアンを見ているしかない。

　瘴気を見て、思い出す光景──

　妖精が、妖精を宿す花々が、次々と闇落ちの獣から滴り落ちる瘴気のかけらに穢れ、悲鳴をあげ続け恐怖に正気を失った妖精達を、まるで捕食するかのように呑み込んでいく瘴気溜まり。

　あの恐ろしい情景が、脳裏に鮮明に描き出され、胸に不安と悲しみが、水に落とした墨のように広がる。

　私の感情を核に、複数の精霊が融合して生まれたアリアンロッドは、その感情の揺れを、再現される恐怖を、まともに受けたのだろう。

≪ヤメテ、ヤメテ、コロサナイデ≫

　光の塊のようになったアリアンロッドが、雲間から急降下してくる。

「何をするの？　アリアン、危ないわ！　戻って来て」

　形はアリアンロッド。両手は体に沿わせて直立不動のように、しかし頭を下に、突っ込んで来るように、鮮烈な光となって落ちてくる。

　ドーンと地響きを伴って大きな衝撃音が放たれ、あまりの眩しさに、私達５人とも目を瞑る。

「あ、アリアン。アリアンは、大丈夫なの？」

　目を閉じてなお、目の奥がチリチリと痛むような眩しさに、瞬しばたきながら、花畑の方を見る。

　全身から光を放ち、瘴気溜まりの側に仁王立ちになったアリアンロッドが、無表情にも怒りにも見える鋭い眼をして、両手の先に光の霊気の塊を生み出し、右手、左手、交互に瘴気に投げつける。

　ひとつ。ふたつ。よっつ。

　ギギィ…………ギィイ……ギギィィィン

　油も差していない錆びた蝶番ちょうつがいが軋むような嫌な音を立てて、瘴気溜まりが身悶える。
　生き物でもないのにそんな言い方はおかしいけれど、本当にそんな風に震え、耳を押さえたくなる嫌な音を発生させながら小さくなっていく。
　半分は物理的に本当にそんな音を出しているようだけれど、半分は頭の中に直接響く音なので、耳を押さえても鳴り止まない。

「お、おい……」
「え、まさか、本当に？」
「穢れを祓いきれるのか？」
「あれを……瘴気を滅せるのか？」
「本当に？」

　ナイゲルさんもオラフさんも、キーシンさんも興奮状態で、瘴気に光を叩き込み続けるアリアンロッドを見ている。

　ロイスさんだけは、言葉を発さず、ただじっと見つめていた。

　やがて、瘴気の出す不快音が小さくなり、こちらからは見づらくなるほど瘴気も縮んで来ると、ロイスさんは、青い顔をしてこちらを振り返った。

　なんだろう。嫌な感じがする……

　目の前が霞んできて、呼吸が……苦しい。

「フィオちゃ……！　ダメだ、アリアンロッドとのリンクを切って！　これ以上は倒れる！　前より酷くなる。もういい、あんなに小さくなったんだ！　これでしばらくは保つ！
　もういいから……！　アリアンロッドに、止めさせるんだ」

　ロイスさんの方が、よっぽど顔色悪いよ？

　そう思うけど、言葉にならなかった。

　息を吐き出せるけど声にならず、吐いた分の酸素を吸えない。どんどんまわりが暗くなってくる。酸欠で軽いチアノーゼを起こしかけているのだろう。
　わかってはいるけど、でも、リンクを切るってどうやるの？
　私のかけらから出来ているアリアンロッドを、どうやれば切り離せるの？

　──わからない　……わからないよ!!

　もう、ロイスさんの声も聴こえない。海や池に落ちたわけでもないのに、息が出来ないの。

　──助けて、カインハウザー様……

《シオリ！》
「シオリ息を止めて目を瞑れ！」

　気が遠くなりかけた私の意識を引き戻す、サヴィアンヌと、……あれは、シーグの声？

　言われなくても、もう、目を開けて立っていられないの……