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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

77.森の王と妖精王

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 残されたシーグが気になる。

 なんで狼犬ではなく、人の姿をしているのか訊きたかったけれど、ヒラスさんや衛士隊のお兄さんの前で、素っ裸の彼と話をするわけにもいかないし、もし狼犬の姿に戻れたとしても、今は、大型犬の姿もマズい。

 何度か振り返ると、羽衣を被ったまま、手を振る彼が見える。

「フィオちゃん、大丈夫だよ。妖精の女王様がいるのに、襲ってくる獣はいないよ。今は大丈夫さ」

 理由は知らないけれど、ここでは、野生動物も、妖精の王様がいれば襲ってこないのは常識らしい。

 この場でシーグに問いただすのは諦めるしかなさそう。

 槍を構えた衛士隊のお兄さんを殿しんがりにヒラスさんと連れ立って、畑へではなく直接街道の方へ出る。
 その方がやはく林から出られたからだ。

「この辺、熊が出るんですね……知らなかった」
「まぁ、ね。フィオちゃんは精霊の加護もあるし、妖精達もたくさんついてるから、大丈夫だと思ってたんだ。でも、例外もいるかもしれない。やはりこれからは、ひとりで行動はしちゃだめだよ」
 ヒラスさんの言葉は、もっともな意見で、頷くしかない。シーグと会いにくくなるけど、仕方ないとは思う。

 すぐ目の前に、熊の縄張りのしるしである熊剥ぎがあるのだ。
 あの大きな掌の爪で引っ掻いたような痕と、木の皮を剥いで、縄張りを主張する熊剥ぎ。
 日本や世界でも聞く熊の習性だ。

《ワタシがついてるノヨ、滅多なことにはならないワ》
 サヴィアンヌの不満げな言葉は、ヒラスさんの苦笑いで流された。



 *****



「シオリ、熊が出たんだって?」

 夕食時。カインハウザー様にはきっちり、報告があがっていたらしい。

「後ろ姿を見ただけですが…… びっくりして叫んでしまって、ヒラスさんや衛士隊の方にご迷惑をかけてしまいました」

 上座にいつものようにカインハウザー様が。
 カインハウザー様から右手の席にリリティスさんが。その向かい側にわたしが座っている。

 炊事場のついた小屋を与えられても尚、朝晩の食事は、可能な限り、ここで3人で摂る。

 この館では、料理長グレイスさんのお料理に、食後、家令のセルヴァンスさんの淹れたお茶と、家政婦長メリッサさんの手作りデザートが決まりだったけれど、先日よりデザートは、私と共同で発案・制作する事になっている。
 カインハウザー様が和食を気に入ってくださったので、メニューに和食を取り入れるときは、もちろん、私も手伝う。
 また、賄いに、和食や簡単につくれるスタミナ食なども、料理長グレイスさん以外の料理人達と一緒に作る事もある。
 それが、今の私に与えられた仕事だ。

「まあ女王陛下(サヴィアンヌ)もいらっしゃる事だし、シオリには女神のアルファ・祝福ブレスもあることだし、出会い頭に驚かせなければ、そうそう問題はないだろうけどね」

 食事を摂る所作は、どことなくノーブルで洗練された感じのカインハウザー様。
 とりわけ美青年だとかって事はないけれど、たくさんあるハリウッド映画の主役のひとりとして居ててもおかしくない程度には整っているし、クドいほど外人っぽい濃さもなく、私には馴染める爽やかな笑顔だ。
 あまり音を立てない洗練された所作といい、爽やかな笑顔といい、シンプルながら上品な生地の衣装に金髪碧眼が映えて、見た目は、本当になんだよね……

 ご本人もリリティスさんも、モテないって仰ってたけど、嘘だと思う。
 だって、この感じで、騎乗で剣を振るう金髪碧眼のきらきら騎士さまとか、絶対、モテると思う。

「……リ?」

 リリティスさんとの関係も気になるところ。
 領主とその秘書官だからとか、国軍での将軍時代の補佐官だったとか、それだけじゃないように思える。
 幼少の頃から知っている幼馴染みだとも言ってたかしら? 

「……オリ?」

 今だって、こうして領主のお仕事が終わっても、ご一緒にお食事されてるし。

「シオリ? なにかあったの?」
「え?」
「ジッと、親の敵みたいに鳥肉のエロローン ソテーを睨んだまま、動かなくなったから……」

 リリティスさんが、私の前に饗されているエロローンのソテーを指差す。
 細かく切り分けた後、ナイフとフォークを握ったまま、思考の海に沈んでいたらしい。

「ごめんなさい。食事中に。少し、考え事をしてしまいました」
「なにか、悩み事? 心配な事でもあるのかしら」

 リリティスさんは、カインハウザー様とは、どのようなご関係ですか?
 いつか、夜明け前に、ラフなドレスで、カインハウザー様の寝室にいらっしゃってましたね……

 って訊きたいけど、ダメだよね。

 それに、いつもの調子で、ウインクなんかしちゃったりして「あら、もちろん、大人の関係よ?」なんて言われたら……

 言われたら、なんだろう? 私は、その続きをなんと思うのだろう……

「シオリ?」
「あ、ごめんなさい。あの、今日、その熊さんを見たときに、ヒラスさんが言ってましたが、妖精王が側にいると、襲われないのですか?」

「ああ、その事。シオリの国には、森の王が加護を与えるものには、どんな獣も襲ってこないって言い伝えとか、ない?」
「……言い伝えと言うか、物語とか、不確実な話なら、聞いた事あるかも。
 ただ、私の知る物語は、森の王は梟や ふくろう 熊や狼で、妖精王じゃなくて精霊王が守護する人はどんな獣にもって違いが……
 いわゆる物語、フィクションですけど」

 その森の王である動物たちも、精霊王の化身だったりするけど。

「そういう事よ。同じよ。森の霊気や大地の精気を守り、精霊の営みを正しくするために、精気を司る色んな妖精達が居て、その妖精達を取り纏めて、森を自然を護ってるのが妖精王だもの。森に棲むどんな生き物も、妖精王には逆らわないわ」

 サヴィアンヌって、あんな感じでのほほんとしてるけど、色んな妖精さん達より大きくて、特殊な魔法を使ったりするけど…… 実は凄い存在なの?

 私の隣で、蜜漬けの花蕾を食べてるサヴィアンヌをついマジマジと見てしまった。



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