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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋
58.妖精王と狼犬⑤
しおりを挟む《んと…… 起こした方がいい?》
「影響は?」
《なんの?》
「なんでもだ。かけた魔法を解いて、体力が落ちるとか、癒しの効果が半減ならまだしも逆に悪くなるとか、精神に傷痕が残る、とか」
《今、シオリが泣いたように、心の澱を流せば終わりなんだけど、随分と癒しの力で洗い流すのかかってるワネ》
シオリはスッキリしたデショ?
楽しげに、自慢げにそう言う小さな蝶は、虹色の燐光を散らしながら変化し、同じく虹色の蝶の薄翅を持った美女の姿になる。
「なんか、夢を見ていたとは思うのですが、思い出せなくて。でも、いつもよりスッキリ心地よい朝だなって…… 思ってたら皆さんが来たんです」
「そうか。夢を見て、心の澱を涙で流せば、癒しは完了するんだな?」
《そうよ?》
「解った。リリティスはこのまま今日は休ませる。ずっとわたしの副官として働きづめで、長く休みを取っていなかったからな。いい機会だ。二~三日休みを出す。
シオリには悪いが、起きるまで、今日はここでこのままにしておいてやってくれないか?」
「もちろん、構いません。ゆっくりさせてあげてください。昨夜はとても懐かしそうでしたから、きっとよく休めますね」
夢を見て癒すのなら、動かさない方がいいんだろう?
カインハウザー様は、サヴィアンヌに確認をとりながら、即決する。
「シオリも着替えたら、今日は自由にしていいよ。畑の仕事も、収穫までは毎日はいかなくても大丈夫なんだろう?」
そうは言われても、シーグの様子も気になるし、ここの本は、古典文字は神殿の人に刷り込まれた知識で読めるけど、一般人向けの簡易文字はまだスラスラ読めないし……
好きにしていいといわれても、お手伝いがなかったら、おやつ作るくらいしかする事がないんですけど。秋に成人してひとり暮らしするのなら、ちゃんとお仕事をもらわないと、独り立ち出来ないや。
──私に何が出来るかな?
* * * * *
カインハウザー様達が小屋を出た後、そっとリリティスさんを起こさないようにベッドを抜け出し、いつものエプロンドレスに着替えると、お屋敷に向かった。
さっきまで姿が見えなかったアリアンロッドは、日時計のまわりの花畑で、光や風の精霊達と仲よく飛び回っていた。
花の精達に断りを入れ、サヴィアンヌの気に入った花の蕾を摘む。小屋にあった籠に入れて、立ち上がると、アリアンが飛んできて、水を花にまいて遊び始める。籠ごしそのアリアンの水にさらして軽く洗い、空瓶に詰め直す。
後は、お屋敷の竈場に置いてある蜂蜜でシロップをつくれば、サヴィアンヌの食事の準備は終わる。
マッシュポテトのサラダと茸のクリームスープをいただいて、手を合わせる。よく眠れたからかサヴィアンヌの魔法のお陰か、ご飯がとても美味しい。
ポテトサラダの残りと、昨日焼いたツイストスティックパンを籠につめ、カインハウザー様に許可を取ると、図書室の本を数冊見繕い、籠に入れる。
「サヴィアンヌもいるし、なにかあったらアリアンロッドも喚べるし、ちょっとお散歩して来ますね」
「気をつけて。アリアンロッドも、まだまだ生まれたてだ。守護は過信しないように」
「はい。気をつけて行って参ります」
ちょっと後ろめたさは感じるけれど、借りた本を一冊抱え、お屋敷を出る。
外では(カインハウザー様達向けの建前上)今まで通り羽衣に姿を変えて、私の肩から腕に巻きつくサヴィアンヌ。本当は、泉で姿を消した時から憑依してて、みんなの見てた羽衣は、シーグに貸したままなんだけど。
お遣いをする内に知り合った人達に挨拶をしながら、ゆっくりと南門へ。
街の外へ出るのは止められると思ったけれど、今日の門番はロイスさんで、後から追いついてきたアリアンロッドと、リリティスさんと変わらない等身大の女王姿のサヴィアンヌを視ると、「頼もしい護衛がついてますね」と笑って通してくれた。
後で、ロイスさんが怒られませんように。
*****
田んぼの向こうの、花畑に縫い留められた瘴気を警戒しているのか、いつもより畑に出ている人は少ない。
雨が続いたし、収穫まではそんなにする事はないのかもしれないけど。
畑に着くと、サヴィアも他の妖精も大変だった。中には、サヴィアンヌを初めて見る子もいるのだ。
《なぜ、ここに妖精王が?》
《シオリのそばは心地いいのヨネ。それに、大神殿はキモチワルイし、妖精郷でジッとしててもツマンナイし、ちょっと人間界を堪能しようカナッテ》
それでいいのか? 妖精王。
サヴィアは、サヴィアンヌを可愛らしくしたような容姿なので、自分との関係を想像して大興奮だった。
《アンタが、ここで毎日勤勉に祝福してるのは知ってるワヨ。セルティックも慣れない畑仕事に苦労してた分、感謝してたワヨ。いい子ネ》
《アタシがニンゲンサイズになったらこんな感じってお姿…… まさかまさか、アタシもいつかは、大きな妖精になれるのデハ》
《ソウネ、結構時間はかかるとは思うケド、アンタは他の妖精達よりかは、ずっとものを知ってるみたいダシ、可能性はあるワネ》
会話になってるようで、実は噛み合ってない。のかも。サヴィアは自分の世界に入って、聞いてないし、サヴィアンヌも、サヴィアがキャーキャー言ってるのを聴いて返事してるわけではない。
まあ、当人がいいならいいけど。
まわりに誰も居ないのを確認して、林の中に入る。
「シーグ、傷の具合はどう?」
玻璃梼薬樹の根元の落ち葉の山へ近づいていく。
カサカサと落ち葉の山が崩れ、妖精の羽衣が見え、端っこから犬の鼻先がのぞいた。
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次回、Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋
59.妖精王と狼犬⑥
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