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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

55.妖精王と狼犬④

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 カインハウザー様は、室内の真ん中に設置されたテーブルの椅子にゆったりと、背凭れに身を預けて座る。
 長持を戸棚の裏、ベッドの足元に置いて、執事さん達は屋敷に帰っていった。

 お屋敷のようにメイドさんが居るわけではないので、私が戸棚から茶器を出し、流し台で一度洗ってから、火にかけ、湯を沸かす。
 可愛いティーセットと、香茶の葉を用意してテーブルに着く。

「では、神殿にいるあの子達3人も、女神さま……アルファの祝福を持っているのですか?」
「さて? わたしは彼らに会った事がないからね、わからないかな」
「でも、巫女って、女神さまの祝福を受けているのでしょう?」
「まあ、そういう話だけど、その神殿の3人が巫女だというのは、今のところ、神官達がそう言っているだけだろう?」

 大神殿の人達が苦労して成功させた『聖女召喚』を根底から覆すような事を言う。

「本当に女神の祝福を持った巫女を、異界から喚び寄せたというのなら、なぜ、いつまでもその事実を隠匿し、彼女らを巫女としての務めに派遣しない?
 なぜ、王都に、国王に、新しい巫女の存在を報せないのかな?」

 まるで、私を責めるように、語気と視線を、強めに訊いてくるカインハウザー様。

「それは…… わかりません。或いは私のように間違いだったのかもしれませんし、彼女達がなかなか能力に目覚めなくて、不確定要素をなくすまで発表を控えているのかもしれません」
「ふむ。シオリも、たくさんの魔力をその身に内包していながらも、魔道を使わない土地に育ったせいか、最初は視ることも出来なかったし、最近まで精霊との交信のコツが摑めなかったね。確かに、そういう事もあるかもしれないね」

 一度沸騰させた湯を適温になるよう、高い位置から、空気を含ませながら茶葉を入れた茶器に注ぐ。

 カインハウザー様はしっかり蒸らしてから、よく淹れたものを好まれるけど、この後お休みになるのに、濃すぎるのはよくないわよね。
 リリティスさんは中温よりやや高めで、甘めに淹れたものを好まれるし、お二人ともお疲れだろうから、今は甘めに淹れてゆったりしていただこう。

「シオリは、セルバンテスよりも好みを体調に合わせるのが上手いね」
「……ありがとうございます」

 サヴィアンヌも、自分で裏手の花畑から花を調達してきて、ぬるめに淹れた香茶に浮かばせた。
 天井付近に、蒸気や煙を吐き出すための小窓が空いており、そこから出入りしたらしい。
 今は、サヴィアンヌを追ってきたのか、小鳥が1羽、顔を出している。どうしよう、ずっと開けておいた方がいいのかしら?

「リリティスさんには想い出深いお家でしょうに、本当に私が自由にしていいのですか?」
「構わないわよ。私がここに居たのは、もう10年くらい前になるのだし、誰も住まないよりいいわ」

 この国の習慣で、誰もが、15歳を迎えると一人前と見なされ、一度はひとり暮らしをするのだとか。
 女性は、多くは女性ばかりの集合住宅に部屋を持たされる事が多いけれど、リリティスさんは当時の領主様(カインハウザー様のお父様?)のご厚意でこの小屋を与えられたらしい。そういう事を采配するのも、村長なり市長なりの役目なのだと聞いた。この国の土地は、総てが国有地で、個人所有のものは無いのだとも聞く。
 旧ソ連や東欧みたいなものかしら? 役職や収入などで、国や自治体から用意された土地に住まうのだそう。

「わたしは、運よく、父の残した畑や領地の管理を任されて、国軍を退役してもこの砦街の領主を続けられて良かったよ」
「国境近くの僻地に追いやられた感も否めませんがね」
 香茶を啜りながら、しれっとリリティスさんがつけ足した。
 そう言えば、大神殿や一部の貴族達と仲が良くないと言っていたような……

「だが、ここまで頻繁には監視には来られまい? まあ、来ても早々にお帰り願うけれどね」

 政治の世界は、どこも同じなのかしら。
 こんなに領民思いで慕われる、立派な領主様なのに、何をそんなに嫌うのかしら。

「だからこそ、かな? 自分達の利に関して上手く働かず、言う事をきかせられない、扱いづらいのに下の者には慕われる。自分達の都合のいいように物事を動かしたい人達には煙たがられるのは仕方ないね。彼らに迎合する気はないから」
 こういう時は、オブラートに包まずハッキリと言うカインハウザー様。リリティスさんもすまし顔で否定はしない。

 大人って……

「細かいものも運び込んだことだし、もし、わたしの部屋で眠るのが嫌なら、ちょっと早いけど、今夜からでもここで寝泊まりするかい?」
「いいのですか!?」
 テーブルが揺れて、茶器がカチャカチャと音を立てる。幸いこぼれなかったけど、気をつけなきゃ。お行儀が悪いし、白い綺麗なテーブルクロスに染みをつくるところだった。

「……そんなに、勢いよく食いつくほど、衝立一枚で隔てても、わたしと同じ部屋に寝るのは嫌なのかな?」
 苦笑いをして、立ち上がる。

「そっ、そういうわけじゃ……
 領主さまのお部屋にお邪魔してるのは気がひけるし、急なお仕事の来客があってもお話ししづらいだろうし、私があの部屋で寝泊まりしているのを知っている人は、事情は解ってくれてても、一応、成人男性のお部屋に間借りしてるのは……その……」

 私が、年相応の(この国の平均的な)14歳に見えないのだとしても、数ヶ月で成人するとして小屋まで用意されているのに未だ、寝室を共有するのは……

「外聞が悪い?」《人聞き悪いのヨネ?》
 リリティスさんと、それまで黙っていたサヴィアンヌの声がほぼ重なる。その内容は同じだ。

「わかってるよ。言ってみただけだよ。だから、こうしてシオリの私物をここへ運ばせただろう?」

 私に、大量の精霊が群がっててもそういう体質であると、今では領民に周知されつつある。
 成人を前に、精霊眼の能力に目覚めたので、精霊の好意の受け取り方や過剰な干渉の躱し方を学び、つきまとう精霊達の量を調整できるようになったので、ひとり暮らしを許可出来るようになった。

 街の人にはそう公表するから、いつでも好きな時期に、ここで暮らし始めなさい。
 にっこり微笑まれ、そう言い残してカインハウザー様はお屋敷へ帰って行かれた。 



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次回、Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

 56.小屋での一夜と小さな子供


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