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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

47.犬を飼いたいの!

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 今朝大量に作りすぎてしまった、蜂蜜入りツイストスティックをバスケットに詰め、二日前にキッチンメイドさんが下拵えに失敗して、行き場のなかった山猪の燻製肉を譲ってもらい、お二人に挨拶もそこそこに、逃げるように館を出た。

 一人で町を出るなと言われていたし、南門の衛士は、今日はナイゲルさんと、ちょっと中年に差し掛かったお年頃のお兄さんで、生真面目に門を守り、隙間もなく閉じられていた。
 勿論、一人では通してもらえそうになかった。
 街の外は危ないよ、とか、あの瘴気溜まりはどうなるのかな、とか、話を引き伸ばされるだけで、大門は固く閉じられたまま、人ひとり通れるくらいの小門も開けてはくれなかった。

 畑の様子を見にいく農夫達は、何人かの集団ごとに出して貰えてる。彼らの一人か二人は、勤勉な農夫ゆえの地の精霊の加護がある人達で、多少なら身を守れるそうだ。

 それを言うなら私だって、目を凝らすと景色が見えなくなるくらい精霊に囲まれてるし、おおっぴらには出来ないけれど、アリアンロッドだっている。
 でも、出して貰えそうにない。

「おお、嬢ちゃん、どうしたよ」
 衛士達の詰め所から、ドルトスさんとヒラスさんが顔を出した。

「ああ、タンボに行きたいのに、出して貰えねぇのか」
「はい」
「仕方ねぇな。ヒラスなら、闇の気配にも敏いし、心強い妹分も居ることだし大丈夫だろ」
 自身は魔術は使えずとも、精霊を視る事の出来るドルトスさんには、アリアンロッドが視えてるし、あの瘴気を縫いつけたのがこの子だという事も知っている。

 ドルトスさんのお墨付き、ヒラスさんと一緒にならと、街の外に出して貰える事になった。

 そこへ、お爺ちゃんズのひとり、ノル爺さんも追いついてきて、
「儂も行くぞぃ」
と、加わった。3人で、小門からヒラスさん、私、ノル爺さんの順で出る。

「いやあ、珍しく寝坊したわぃ」
 昨日の大雨で腰の調子が悪かったとかで、昨夜はなかなか寝つけなかったそう。

 この世界の人達は、たらいの湯で体を拭う事はあっても、お風呂に浸かる事はあまりないそうで、そこはやはり、体表の常在菌の正常化や血行障害などに悩まされる事になるのだろう。

 寝坊したせいで、食事も摂らずに出て来たというので、バスケットからツイストスタティックを2本出して、ヒラスさんとノル爺さんに手渡す。
「今朝、作りすぎちゃって、いっぱいあるんです。どうぞ、まだまだありますから」

 ノル爺さんは、艶々のパンじゃ~と一度両手で掲げた後、はくりとかぶりついて、大喜びする。
「なんとっ、高級品の蜂蜜が使われとるのか」と。

「嬢ちゃんは、ブラウニーと仲がいいからな、蜂蜜を集めるのは世界一だよな」
 世界一だなんて……

 でも、養蜂をしていないこの世界では、蜂蜜は希少価値があるらしい。
 というか、わざわざ、刺されて怪我をしたり麻痺したり、時には死んだりもする蜂に近寄ってまで、この巣の中から取り出さなければならない蜜が、食べられるものだなんて、思いもしなかったらしい。実は蜂の子も、巣も一部は食べられるんだけど……

「まあ、女にはびっくりされるだろうな、虫を食うなんてよ」
「子供に教えても、おやつにとろうとして怪我をしたり、蜂毒ショックで亡くなったりしたら大変ですし……」
「まあ、嬢ちゃんと一部の人間だけ知ってる事でいいんじゃないか?
 蜂だって、せっかく集めた蜜を取られたり、巣を壊されたり、子供を奪われたりしたらかなわないよなぁ。仕方ないって」

 ヒラスさんもパンをはむはむしながら、時折、まわりの畑を見まわす。闇の気配に敏いと言っていたし、確認も兼ねているのだろう。

 ノル爺さんは、田んぼの方へ行き、私は、サヴィアと、カインハウザー様の畑で手入れをしながら、アリアンロッドの訓練をする事にした。

「訓練って、何すんだ?」
「アリアンは、風と光と水の性質を持ってるので、とりあえず、畑仕事のお手伝いかなんかを遊びを通じてやってもらおうかと」

 ノル爺さんと一緒に田んぼへ行くかと思ったけど面白そうに、ヒラスさんは切り株に腰を掛けて、私達の様子を見ていた。

《どうするの? ヒラスがいたら、アイツんとこ行けないんじゃないの?》
 基本的に、人間の都合は気にしないしどうでもいい、妖精であるサヴィアも、私と一緒にいることで少しは空気を読んでくれるようになってる。
 ヒラスさんが立ち去らないので、狼犬の様子を見に行けない。
 あの子が、私を、花畑と妖精達を助けてくれた功労者だとしても、闇落ちの獣を直接攻撃した事で、狂暴性や穢れの感染を心配される可能性が高いのだから、迂闊に紹介できなかった。

 でも、なんとか傷の具合を診たいし、治ったら連れて帰りたいし、私の、私だけの家族に迎えたい。




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次回、Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

 48.犬を飼いたいの!②

 
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