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Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋
41.恩人への、初めての隠し事⑤
しおりを挟む私が毒見のように食べてみせると、しばらくは警戒してか観察するように、ジーッと見ていたけど、やがてはくりとベーコンと野菜の千切りをまとめて口にした。
お皿がまわらないように、器用に前脚で押さえ、顔を傾けて食べる。
私が四つん這いになるよりも遥かに大きな躰だから、これだけじゃ足りないだろうと、川魚の香草焼きの衣を剝がして、お皿に足してあげる。
これも綺麗に食べ、お皿に残った衣やお汁まで舐めとった。お腹、空いてるわよね。
「美味しい? これも食べる? でも、人間の食べる香辛料とかお薬味、体に良くないわよね?」
私の手にした食べかけのサンドイッチも、ムクッと起き上がって首を伸ばし、一瞬痛みに目を顰めたけど、一気にサンドイッチを食む。
結局、私のお昼ごはんは、毒見の一口以外全部、金茶の狼犬に食べられてしまった。
平たいガラス瓶の中のスープも、少し傾けてあげると一滴も零さず食べてしまい、意外に長い舌を器用に使って、瓶の内側についたしずくまで総て舐めきった。
食べ終わると、痛みに顔をしかめながらも伸びをして、ふせの姿勢に戻ると、あくびひとつで眠ってしまった。
躰の大きさから言ってまだまだ足りないだろうけど、食べたら後は静かに眠って癒すのよね。
なるべく足音を立てないように、心の中でエルバレオに狼犬の様子を見守ってもらえるよう祈りながら、そっとその場を立ち去った。
*****
水田では、お爺ちゃん達が、穂が伸びて順調に生長している稲のお世話をしていた。
私が眠っていた間も、ちゃんと前もって説明していた通りの手順を守っているみたい。
穂も出て来て、稲の根に酸素を多くあげたり根腐れをしないように、地中に溜まった硫化水素やメタンなどの有害ガスを抜く意味(根がガスを避けて横に広がって栄養の取り合いで欠乏するのを防ぐ為)で、田んぼから水を落とし、中を歩くと足跡に水が溜まる程度の飽水状態にするのだが、見た感じ、なかなかいい感じだった。
雨上がりの校庭や引き潮の砂浜で、歩いた足跡の窪みにジワッと水が溜まるあの感じである。
「おお、嫁ッコ、元気になったんかぃのぉ。見てくれ、この稲の可愛い様子をよさ」
「稲も育っとるし、そろそろ暑い夏が来るだで、土を乾かす、えぃっと中干しじゃったかいの、土を硬く乾かす時期が近そうかや?」
「嫁ッコ、こっちのは稲に似とるが葉が違うだで、雑草かいの? 抜いた方がええか?」
──だから、嫁ッコ違うし
ちなみに、コメッコ……じゃなかった、嫁ッコとは、私の事である。誰のかって、この街の領主、カインハウザー様である。お爺ちゃん達は、何度違うと言っても聞かない。
突然なんの説明もなく街に住み着き、領主館で大切にされている私。
カインハウザー様の寝室の一角に、衝立で隔てて一緒に寝起きしてるのは内緒だけど、カインハウザー様のお父さまの畑の世話にいつも一緒に来るし、何度か、私をお姫さま抱っこで運ぶ姿も街中の人に目撃されている。
で、ついた渾名が嫁ッコ、である。
もちろん、誰も本気でそう思ってる訳ではないとは思う。
下級貴族と同列の、元騎士爵将軍様で、国境付近の砦街を任された領主様であるカインハウザー様。
ご本人の言によると、国王の印璽による結婚証明書をもって、王城内神殿に届け出を出し、領地内外に広く告知するのが当たり前で、黙って嫁取りするはずもないそうだ。
召喚の際に、神官さんの術で刷り込まれた知識でも、確かにそうある。あまり日常的な一般常識とは思えないけど、なぜがちゃんと知ってる。
身分のある人と接する上での常識として、上流階級の事も、適度に覚えさせられているらしい。
「あの、何度も言いますけど、私は、誰の嫁でもないので、その呼び方は……」
「解っとるよ、嫁ッコはまだ14じゃろうで、嫁にゃあ行けんわな」
「秋が楽しみじゃのう?」
「いやいや、まだ儂の孫も薦めりゃ行けるかいの」
「ヒラスはどうじゃ? アレも独り者じゃわの」
「儂の後添いでもええぞぃ。大事にしてやるし、儂もまだまだ若いモンには負けんぞぃ」
……ダメだこりゃ。私をネタにイジるのが、お爺ちゃん達の暇潰しになってる感が拭えない。
実際、少し離れた場所で、休憩しながらこちらを覗っているヒラスさんも、知らん顔をしてはいるが肩で笑っている。
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次回、Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋
42.恩人への、初めての隠し事⑥
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