上 下
57 / 294
Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋

21.知っている事と黙っている事⑭順風満帆だったはずの日常

しおりを挟む

 シオリには、仮の身分証を用意した。
 街で一番高い丘に聳え立つマナの木から削り出した薄い小さな板に、シオリのここでの名前フィオリーナ・アリーチュと、この街での身元を証明する号ヴァーナル(保護責任者)・ティルジット、15年前の秋に生まれた女性である事を、精霊達に祝福させた染料で刻み込む。
 ティルジットは、執事長セルヴァンスとメリッサ夫婦の姓で、身寄りを亡くしたフィオを彼らの養女として引き取り、この領主館で共に暮らしている、といった内容をも細かい字で札の裏に書き込んでおく。
 わたしの領主執務室に置いてある住民登録証明書の綴につづり 割り印をした原本を綴じてあるので、事実はともかく、この木札は、身分証明書としては本物ではある。職権濫用と言われようとも、シオリの安全のためだ。木札を持たぬ人間はこの国では違法滞在者扱いなのだ。孤児や浮浪者ですら持っている。
 大神殿の上層部の者や例の3人の異界びと達に会わなければ、これだけで一応は大丈夫だろう。

 シオリはまたもナイゲル達との挨拶に祝福の風をおこした。しようとしてしてる訳ではないところが問題だ。早くコントロールを教えねば。
 
 * * * * *

 その後も、シオリはみるみる成長を見せ、妖精の頼み事を聞いて畑を荒らす山犬の糞を対処したり、玻璃はりとう薬樹やくじゅの木に話しかけ、それと知らず水霊を動かして、玻璃梼薬樹から真名まなと薬効のある葉を与えられたり、全く驚かされる。

 いずれも意識してやっていないところが、その才能と祝福の大きさでもあり、困った所だ。

 とにかく精霊達に慣れるため、花畑や林で楽にすごし、純粋な霊気と魔力である精霊より視やすく、精霊より言葉が通じやすい、魔力があれば触る事も可能な、妖精の存在に触れる事から始めさせた。

 彼女の作った花冠やコサージュに、妖精の姉妹が住み着いた。同じ花から生まれた姉妹ゆえに、近距離ならメッセージの伝達も出来るという。便利だ。彼女は、「デンワ」みたいだと言ったが、訊いても(異界の)便利道具とだけ、詳しくは語らなかった。

 異界人である事は隠して話さなかったが、そのわりには、育った地の面白おかしい話や生活習慣については、警戒なく喋る。
 彼女は、米が好物らしい。確か南の暖かく湿度の高い雨期のある国の主食の穀物だと思ったが。

 屋敷の中で、メリッサについて簡単な見習い事を始めた。木札の身分に現実味リアリティを持たせるとか言っていたが、彼女お得意の遠慮だろう。
 ここでも驚くことに、屋敷に住み着く小妖精ブラウニーと仲良くなり、彼らの嫌う蜂の駆除を依頼されていた。
 巣を取り壊し、蜜をとる。これがこの辺りでは実に高級品で、また駆除する時に、精霊や妖精達が手伝うためか、この蜂蜜が薬効を持ったり栄養価が通常より高いのだ。
 彼女の名前と、妖精の祝福で薬効を持つことからリリティスの提案で「フィオちゃんの美味しい 妖精の蜂蜜」と銘打ってごく少数を売り出した所、追加注文が後を絶たない。
 目立って王都に目をつけられても困るし、そうそう大量生産出来るものでもないので、出荷量は極力抑えた。それが希少価値を生み、また高値になる。が、最低ラインは決めておいた。

 ブラウニー達は、一帯の蜂が絶滅しない程度に、何度も駆除を依頼するので、シオリはちょっとした財産家になった。
 その資金と運用はわたしとリリティスに一任されていたので、必要経費以外は彼女のために貯金してある。が、その一部を使って、南国の穀物『米』を取り寄せた。

 そうそう手に入るものではないので、纏めて仕入れたのだし、試しにシオリに調理させた。
 蒸しているのか炊いているのか、火加減の調整の難しい料理らしく、グレイスも黙って彼女の手際を見ていた。

 一口食べてみる。艶々しっとりとした小さな粒。丸ごと蒸したのか。小麦のように挽いて粉状にするのではないのだな。
 見たとおり柔らかくしっとりとして、淡白で爽やかな味なのに僅かに甘味がある。
 シオリは懐かしい味とやらに感激していた。
 仕入れた甲斐があった。

 シオリを嫁ッコと呼んで親しむ、引退した農家の老人達を集め、彼女のために米を育てる事にした。
 現役の若手の農家を投入するほど、この街の自給率に余裕はなく、しかしベテランゆえに、この初めての試みにもうまく対応してくれるのではないかと思っている。
 食べた粒は『米』と言うのに、この種になる脱穀しただけの実は『籾』と言うらしい。

 これが、土作りから『スイデン』なる特殊な畑の仕様に肥料など、わたしには難解な事ばかりだったが、老人達とすっかり打ち解けたシオリは、テキパキと指示をして、『スイデン』を作り始める。そのなかなかの頼もしさに、老人達まで、シオリの信奉者になった。

 ここでも驚くことに、籾を詰めた大きな麻袋一つ一つに、好奇心の旺盛な全身小麦色の妖精が憑いてきていた。その衣装や顔つきなどは南国のものだった。

 しかし、それが結果的にはよかったのだろう。
 今では、米についてきてしまった南国の妖精の手も借りて、秋の収穫祭までには初収穫の米が食べられそうな期待を持てるまでに育っている。


 *****


 街の人間──農家や衛士達はもとより、粉屋や八百屋、お針子から鍛冶屋まで、多くの者に可愛がられ、初めの頃の、周りを警戒する、大人に見られたがっていたシオリは、すっかり子供らしいよく笑う素直な少女になっていた。

 ロイスやナイゲル達衛士隊の者には特に、大事にされている。
 ロイスなど、神子みこだ女神だと崇めるほどだ。
 この秋に15になり、成人したと見なされたら、あまり一人で外に出すなとメリッサに言われた。
 何をばかな。まだまるっきりの子供ではないか。
 第一、精霊の加護のあるめぐで、妖精の保護者が憑いてるんだぞ? 誰が手を出すというのだ。

 だが、成人したら、彼女もこだわるし、一人前の扱いをせねばならんだろう。この街に住む住民として、彼女だけを特別扱いするわけにはいかない。
 領主館の立つ丘の麓に建てられた、昔リリティスが成人したと時に独り立ちするのに使っていた小屋を手入れして使わせよう。
 目の届く範囲にはいた方がいいし、メリッサ夫婦も可愛がっている。


 何もかもが順調で、このまま街の娘として溶け込んでいけるかに見えた。


 セルヴァンスと相談して、家具職人や建具師を喚び、シオリに使わせる小屋の改修を計画する。

 昼の鐘が鳴った。
 午前中のお遣いも済ませたシオリは、花畑で妖精達と昼食を摂っている頃だろうか。

 商工会や衛士隊の各長の報告を受ける。
 シオリの(本人はバレていないつもりなのだろう)異界の知識をそれとなく小分けして与え、商業は、必ずしもこちらでの法則に合うとは限らず失敗するものもあったが、中には街の外に流通出来るものも出て来たくらい、全体的に概ね上向きに伸びてきていた。
 例の山犬は、毎日畑に出るようだが、決して姿を見せず、街には近づかなかった。やはり、知能の高い、獣型の魔族なのかも知れんな。

 昨夜精霊の持ち込んだ情報と合わせ、市政方針に修正を図っていたその時だった。

 胸元の、シオリのコサージュが細かく振動し、三姉妹妖精の一人、一鈴ヘンリーンが激しく動揺しているのが伝わってくる。

「カインハウザー様、そのコサージュ……かなり振動していますが……何か?」
 北門付近を警護する第二隊の長カナグルムが遠慮がちにわたしの胸元を指す。
 一応は、わたしが精霊や妖精を視る事は察しながらも口にしないが、騎士だった頃の部下でもあるゆえ、彼らに異様に好かれる事は知っている。
 ドルトスも何か感じているらしい。
「うむ、白絹草の妖精が動揺しているようだな……もしかしたら、シオリかリリティスに何かあったのかもしれん。
 誰か……!」
 執務室の外で伝令用に待機している衛士隊を呼び、様子を見にいかせようとしたその時だった。

あるじ!! 二鈴ジリーンが興奮して花環が震えて止まらないのですが……一鈴ヘンリーンもですか?」
 別件で街へやっていたリリティスが駆け込んできた。

「まさか、シオリに何かあったのでは!?」
 動揺のあまり、フィオと呼ぶのを忘れている。
 が、わたしにもそれを正す余裕はなかった。

 一鈴ヘンリーン二鈴ジリーンも、破れ鐘を叩くような騒音で喚き散らすだけで、言葉にならない。

 その内、細かく震えるだけで沈黙し、白絹草の中にこもってしまった。

「いったい、なにが……」



🔯🔯🔯 🔯🔯🔯 🔯🔯🔯 🔯🔯🔯

次回、Ⅱ.新生活・自立と成長と初恋と

 22.順風満帆だったはずの日常生活
しおりを挟む
感想 112

あなたにおすすめの小説

知らない異世界を生き抜く方法

明日葉
ファンタジー
異世界転生、とか、異世界召喚、とか。そんなジャンルの小説や漫画は好きで読んでいたけれど。よく元ネタになるようなゲームはやったことがない。 なんの情報もない異世界で、当然自分の立ち位置もわからなければ立ち回りもわからない。 そんな状況で生き抜く方法は?

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

みんなからバカにされたユニークスキル『宝箱作製』 ~極めたらとんでもない事になりました~

黒色の猫
ファンタジー
 両親に先立たれた、ノーリは、冒険者になった。 冒険者ギルドで、スキルの中でも特に珍しいユニークスキル持ちでがあることが判明された。 最初は、ユニークスキル『宝箱作製』に期待していた周りの人たちも、使い方のわからない、その能力をみて次第に、ノーリを空箱とバカにするようになっていた。 それでも、ノーリは諦めず冒険者を続けるのだった… そんなノーリにひょんな事から宝箱作製の真の能力が判明して、ノーリの冒険者生活が変わっていくのだった。 小説家になろう様でも投稿しています。

家族はチート級、私は加護持ち末っ子です!

咲良
ファンタジー
前世の記憶を持っているこの国のお姫様、アクアマリン。 家族はチート級に強いのに… 私は魔力ゼロ!?  今年で五歳。能力鑑定の日が来た。期待もせずに鑑定用の水晶に触れて見ると、神の愛し子+神の加護!?  優しい優しい家族は褒めてくれて… 国民も喜んでくれて… なんだかんだで楽しい生活を過ごしてます! もふもふなお友達と溺愛チート家族の日常?物語

隠密スキルでコレクター道まっしぐら

たまき 藍
ファンタジー
没落寸前の貴族に生まれた少女は、世にも珍しい”見抜く眼”を持っていた。 その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。 しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。 奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。 これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

転生した愛し子は幸せを知る

ひつ
ファンタジー
 宮月 華(みやつき はな) は死んだ。華は死に間際に「誰でもいいから私を愛して欲しかったな…」と願った。  次の瞬間、華は白い空間に!!すると、目の前に男の人(?)が現れ、「新たな世界で愛される幸せを知って欲しい!」と新たな名を貰い、過保護な神(パパ)にスキルやアイテムを貰って旅立つことに!    転生した女の子が周りから愛され、幸せになるお話です。  結構ご都合主義です。作者は語彙力ないです。  第13回ファンタジー大賞 176位  第14回ファンタジー大賞 76位  第15回ファンタジー大賞 70位 ありがとうございます(●´ω`●)

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

処理中です...