異世界に召喚されたけど間違いだからって棄てられました

ピコっぴ

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Ⅰ.納得がいきません

25.……目立たないって難しい⑨

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 ──精霊との付き合い方を覚えるまではこの街を出さないし、他所に寝泊まりする事も許さないよ

 どこにも行けないってこと? 目の届く範囲に居ろってこと?

 ──君が声をかけただけで、ロイスが祝福されたり、街の淀んだ空気が一掃されたのは知ってるね?

 え、知らない。祝福されたって聞いたけど実感ないし、まして、あの時吹き抜けた風に精霊がいっぱいいたなんて知らない。

 ──君が祝福の言葉をかけた事で、闇の精霊や、憤怒や怨嗟の聖霊ですら綺麗に浄化してしまった

 そんなつもりはこれっぽっちもなかったの。
 ただ、言われた通りに、巫女になりきって挨拶をしただけなんだよ!?

 ──これがどんなに危うい事か、解るかい?

 解らない! そんなの全然解らないよ!!


 2日前までは、ただの中学生だったんだよ? 精霊とか妖精さんなんて想像の中だけの存在で、魔法なんかお伽話の、現実世界から来たただのちょっと家事が得意なだけの、普通の中学生だったんだよ!

「シオリ、落ち着いて。君の感情が大きく乱れると、君の周りの精霊達も不安がる」
「どうやって落ち着けば……」

 色々乱読した本の中の、活きてない知識を総動員させて導き出した答え。

 私をお姫様抱っこで運んでくれているカインハウザー様の胸に頭をくっつけて、やや高めの体温と鼓動を、必死に感じとろうとする。
 意図が通じたのか、歩く速度を落とし、なるべく振動を感じないように運んでくれる。カインハウザー様は、少しだけ、腕に力を入れて、しっかりと抱き直した。

 目を瞑り、おでこや頰に感じる温もりと、耳に伝わる鼓動を馴染ませようと、周りから意識を遮断して、カインハウザー様の温もりと鼓動と、背と腿裏の腕の感触だけに集中する。

 それなりに効果あるようで、次第に私のドキドキも収まっていき、落ち着かない気持ちも穏やかになってくる。

 ──温かい。お父さんが抱き締めてくれてたら、こんな感じだったのかな

「よしよし、落ち着いてきたようだね。
 まずは、お風呂に入って、体を清めて温めて、土や葉っぱで汚れた服を着替えようか」
「お風呂?」
「そう。畑仕事の手伝いや極限まで魔力消費して、体は疲労が溜まってるはずだよ。
 ご飯の前に、まずは体をリラックスさせて、精霊との交信で尖った精神を緩めよう」
 カインハウザー様の広いお部屋の奥にある扉を、付き従っていたメリッサさんが開ける。
 そこは、壁の一面が硝子張りの、明るい浴室だった。

「まだ明るいし、外で作業してる使用人も何人か居るから、万が一を考えて露天風呂はまた今度ね。
 ここも庭が見えるから、それなりに開放感はあるだろう?」
 ウインクして、私を浴槽近くに置かれた籐製品の編み目になった大きな椅子に降ろしてくれる。

「手足が動かないようなら、手伝ってあげてもいいけど……リリティスとメリッサの眼が本気で怖いから退散するよ」
 笑いながら、また後でねとだけ残し、扉の向こうに立ち去っていった。

「さ、お嬢さま、失礼しますよ」
 メリッサさんが、近寄ってきて、ワンピースに手を伸ばしたかと思うと、すぽーんと一気に脱がされてしまった。
「きゃ」
 女同士、恥ずかしがらなくてもいいのかもしれないけど、そんなには銭湯や温泉施設に慣れてない私は、裸を見られる事が落ち着かない。
 お母さんが比較的元気だった頃に、定期的に父が温泉旅行に連れて行ってくれた事があるくらい。箱根とか熱海とか。

 ショーツのような、ピッタリした下着ではなく、ズロースよりもふんわりしたドロワーズってヤツなのかな、3分丈や膝元まであって裾をリボンで結んでるだけなので、それを解くとあら、素っ裸……
 そう、ショーツやズロースみたいに穿くのではなく、巻き付けて縛ってるだけなので、おトイレの時も脱がないで合わせ目を広げるだけという…… かなりショッキングな下着でした。

「ささ、立てますか? いい湯加減に出来てますから、ゆっくり浸かりましょうね」
 メリッサさんと、途中から手を伸ばしてくれたリリティスさんに両脇から支えられて、でっかい焼き物の浴槽に近づく。
「先にかけ湯しなくても?」
「かけ湯?」
「このままドボンとしたら、私についてる泥や汗、皮脂がお湯を汚しちゃうでしょう? 先にかけ湯である程度流すとか、洗ってから入る方が……」
「それがシオリの国の風習なのね?」
「はい」
 ここの人達は、そこまで衛生的な考えはないのが普通らしく、元々、一般的には盥のたらい 湯を使って絞り手拭いで拭くだけが多い。

 勿論、この浴室にも、スイカをいっぱい十何玉も浮かべられそうな盥がある。
 私は、そのカラの盥に座らされ、メリッサさんが、手桶で少しづつ丁寧にお湯をかけてくれる。
「熱くないですか? 気持ちいいですか?」
「ありがとうございます。とても気持ちいいです」
 肩から背中に、熱すぎないお湯が流れていく感触がホッとする。
 盥に溜まる湯を見ると、少しだけ底に砂が混じってるのが見えた。
「本当ね、シオリの言うとおりだわ。先にこうすれば、メイドが何度も湯を替える回数が減って、冷めにくくもなるわね」
 魔術が使えるリリティスさんはともかく、カインハウザー様の浴槽には、力自慢の従僕さんが、何度も湯を汲んで来て交換するらしい。
 リリティスさんも魔術で温度調節はするものの、湯の中で体をさすって汚れを落とすため、都合2~3回はメイドさんが、お湯を汲んで来て入れ替えるらしい。

 お湯の中は体が蕩けるようにリラックス出来た。
 カインハウザー様が入る浴槽なので、14歳日本人にしてはやや小柄な私は、手足が充分伸ばせる。
「はあ~、生き返る~」
「昨夜もそう言ってたわね、死んでたの?ってつい訊きたくなるわ」
「なんでしょうね? 決まり文句か挨拶のように、お風呂で気持ちいいとき、私達はよくこう言いますね」
「不思議ね。生き返ったように身も心もさっぱりするという譬え表現なのかしらね」

 * * * * *

 体を締めつけない服装ということで、ふわふわレースとフリルのドロワーズの上にゆったりしたミニ丈のワンピースをかぶり、その上から更に2サイズ分くらいだぶだぶのワンピースを来て、ブラジャーがないのも気にならない姿になる。
 そう、この国には、コルセットやパニエはあってもブラジャーがない。まあ、まだ重力の影響を心配するほど育ってないけど。

「準備出来たかい?」
 行くよ? 再びカインハウザー様のお姫様抱っこで、食堂まで運ばれる。
 カインハウザー様も、農夫風の作業着から領主様に見合う上品なシャツとトラウザーズに着替えていた。

「すみません」
「構わないよ。可愛い弟子の、最初のレッスンが実のあるものだった証さ」
 改めて間近で見ると、目をひく強烈な印象や一目で頰を染めるような美形という訳ではなくても、やはりそれなりに整ったお顔立ちで、爽やかに微笑んでくれる。私が気を遣わないようなんて事ない風を装ってくれてるのだろうか。
 元軍属の上級騎士で鍛えていらっしゃるので、私を運ぶくらい、たいした労力ではないのだろう。
 それでも、仮にも准貴族扱いの騎士爵の方が、小娘を態々わざわざ抱えて運ぶ事に抵抗はないのだろうか。

「さあ、今日は疲れただろう? 昨日、シオリがとても喜んでいた山猪のトロトロ煮と、今朝気に入っていたようだったシャガ芋のマッシュポテトだよ。
 デザートは、メリッサが、魔力回復にいいものを出してくれるそうだから、期待して、まずは食べようか!」
 昨日はシチュー風だったけど、今日のはトロトロ煮と言うだけあって、見た目は豚の角煮だった。
 フォークを刺すと、ホロリと崩れて、本当に柔らかく煮込んであるらしい。

 はくり

 口に入れた途端、ワインとハーブの香りが漂い、山猪の脂身が全然獣臭くなく甘いほどにコクがあって、肉の繊維が解けるように柔らかくて、
「お、美味しい~!!」
味の余韻を残しながら声を上げる。

「ご、ごめんなさい。お行儀が悪くて……」
「とんでもないです、喜んでいただけてこちらも嬉しいですよ。昨夜、煮込みを感激して食べられたとお聞きしましたので、今朝朝食が済んですぐから下拵えして半日煮込みました」
 私のすぐ隣に立った女性が、にっこり微笑んでくれる。
 どこかで会ったかしら? そんな気のする笑顔。
「あなたがシェフ?」
「滅相もない、ただのいち料理人ですよ」
「何を言う、グレイスは、ウチの料理人でも1番の腕利きだよ!
 シオリ、グレイスは、メリッサの妹なんだ」
 だから会ったことあるような気がしてたんだ! 言われてみれば少し似てる。

「お姉さまがパティシエールで、妹さんがシェフ、お料理が得意な姉妹なんですね。しかも、お姉さまのご主人がティーマイスター。素敵」
「ありがとうございます。姉夫婦は私の誇りです」
「私の妹も自慢の妹ですよ」
 羨ましい。家族が互いを誇り、思い合うなんて。

「シオリだって、なかなか筋のいいわたしの一番弟子だよ」
「え?」
「今まで、魔術は仮想の概念だった地で育ったにしては、初日から妖精を視て会話するなんて、普通はなかなか出来ない事じゃないかな?」
「魔力を感じとった事もないと言ってましたね。普通は、成人してから魔道の才が開花する事はないんですよ?
 ああ、この場合、成人とは、ある程度の一般常識を学び身につけ、何らかの職業に就いたり独り立ち出来る歳と言う意味ですよ? 各国で成人の概念が違うので、まだ何歳だとか、成人の証を手にしてないとかはナシですからね」
「わたしは従騎士見習いの少年ですら『弟子』をとったことはないんだ。シオリが、最初で最後かな」
 物欲しげに、家族想いなメリッサ姉妹を見てたのを気遣って、言ってくれたのだとしても、嬉しい言葉だ。
 本当にこの人達は、なんて素晴らしい人達なんだろう。こんなさり気ない心遣いは、人生経験も浅く、人付き合いも苦手な私には出来ない。

 その後、甘く柔らかいパンでトロトロ煮のお汁まで完食し、執事さんの淹れた甘いハーブティーで、メリッサさんの魔力枯渇回復にいいという木の実とハーブ、ベリーや草の実が入ったバターケーキを戴くと、なんだかだんだん眠くなってきた。

「ハハハ、疲れを思い出したかな。じゃ、ちょっと早いけど、今日はもう休もうか」
 三度、カインハウザー様の腕に抱えられて、屋敷内を移動する。

「え? 今夜も、カインハウザー様のお部屋にお泊まりなんですか?」
「もちろん、そうだよ? 山の奴らの監視の術から護るのと、君の精霊や妖精に溺愛される体質を上手く隠せるようになるまで、わたしの取り巻きの精霊達と混ぜて誤魔化す意味もある。
 後、疲れすぎて悪夢に魘されるようならリリティスに夢たがえの術をかけさせたり、疲労から熱が出るかもしれないし、夜泣きだってするかもしれないからね?」
「赤ん坊じゃないもん、夜泣きなんか」
「フフフ。まあ、いいじゃないか。なんだかんだでわたしの可愛い弟子の、面倒を見るのが楽しいからいいんだよ。
 もちろん、昨夜、約束したように、紳士をやめる事はないから安心してね」
 ──無職の領主の、ちょうどいいお楽しみも兼ねてるんだよ。
 これも、私が気を遣わないように、わざと言ってくださってるんだろうな。だって、騎士様は辞されても、領主としてのこの城塞都市の管理業務はあるだろうもの。

 カインハウザー様のお部屋の奥、私が3人並んでゆったり眠れる大きなベッドまで運ばれる。

 ん? 私を床に転がさないとは仰ってたけど、カインハウザー様はどうなさるんだろう?

 端を捲られた広いベッドに私は横にされ、そのままベッドの淵に腰を下ろすカインハウザー様。弾力性を感じる中綿はたっぷり入っているもののスプリングは入ってないので、転びそうなほど沈み込む事はない。

 ん?

 同室にお泊まり、私を床に転がさない、カインハウザー様は今、隣に腰を下ろして私の肩まで掛布をあげてくれる。けど?
 けど、まさか、紳士はやめないから安心してはいいけど、まさかまさか、同衾までしないよね?


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次回、Ⅰ.納得がいきません

26.ここはどこ? 目立たないって難しい⑩
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