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Ⅰ.納得がいきません

23.……目立たないって難しい⑦

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「妖精は、精霊に比べて見やすいんだ。
 精霊はマナや霊気の集合体な存在だから触れられる形がない。が、妖精は、視る眼を持ってないと見えないけれど、魔力の使い方を知っていれば触れ合えたり会話したり出来る。
 恥ずかしがり屋や怖がりが多いから、なかなか姿を見せてくれないけど、シオリは素直で可愛いから仲良くなれるよ」
 カインハウザー様ひと言多いです。

「主、 あるじ オヤジ発言はお控えください。よく見てください、シオリが真っ赤ではありませんか」
 リリティスさん、追い打ちかけてます。

「昨日から、よくオヤジ扱いされるなあ……
 素直に正直に思った通りに言ってるだけなのに」
「言うべき事と言わずに秘めた方が善いことを判断できず、空気を読めずに素直に発言してしまう所が「オヤジ」なのですよ? 主」
 リリティスさん、年上だと聞いたけど、主人にたいしてわりと辛辣だなあ。信頼関係がちゃんと築けてるからこそなんだろうけど。

《シオリ……手伝って》
「え? なにをすればいいの?
 ……今、サヴィアが、手伝って欲しいって」
「花の親心の妖精が、頼み事かい?」
「何をして欲しいって?」
 二人が見守る中、サヴィアの声のする方へそっと近寄り、かがみ込む。他の妖精さんがいても踏まないように……
 1つのお花がキラキラと輝いてるので、サヴィアがいるのだと判る。

《この、お花の中に水が溜まりすぎて、重いの! 雄しべの花粉がみんな流れちゃうわ》
「このお花?」
 他の花は滴が溜まってても、次第に流れて軽くなってるけれど、1つだけ、中の方に水が溜まって池になってるのがあった。
 軽く揺すって、水を流し出す。

《ありがとう、花粉全部は流れずにすんだわ。私はまだ力が弱くて、重い物を動かす力はないの》
「どういたしまして。私に出来る事があればいつでも言って?」
《いいの? じゃあ、あそこの土に、昨日獣が糞をして行って埋めてるの、臭くてかなわないの。どけてくれるかしら?》
 サヴィアは、嫌な物を見る表情で、畑の端っこの作物が植わってない辺りを指す。

「まあ、気づかなかったわ、ごめんね、すぐどけてあげる」
「いやぁ、わたしも気づかなかったなぁ」
 カインハウザー様も、妖精さんのお声は聞こえるから、会話に自然に加わる。
 リリティスさんは見ることも聴くことも出来ないらしい。

 カインハウザー様と二人で、サヴィアの指した方へ行き、少し土を掘り返した後のある辺りをスコップで探ってみる。

「う~ん、これは、山犬かなあ。空腹時に遭わなければ危険な程でもないけど、街の子供達には言っておかないと」
「伝令を出しておきます。すぐにでも各区画の町長が流布してくれるでしょう」

 言葉を下級精霊に覚えさせ、目当ての人にメッセージを伝える魔術で、あまり長い言葉はダメなんだそう。魔法陣に魔力を籠めて発動させると近場にいる精霊が惹かれてやって来るけれど、こちらからどの精霊に頼むかは決められない。場合によっては誰も請け負ってくれない事もあるらしい。
精霊術士エレメンタラーなら、確実に従わせられるんだけどね、私にはその才能がないから」

 幸い、私やカインハウザー様の霊気に寄って来てる精霊が何人か応えてくれて、それも中級(人と会話できる知性がある)精霊達だったので、詳細に伝えられ、各区画分すべて手配できたそう。

「主と居ると、こういう時便利なのですが、更にシオリが居るのでとても助かります」
「わたし達を精霊友釣り擬似餌扱いだよね」
「ふふふ。お役に立てるなら、擬似餌扱いでもいいです」
「シオリ! なんて健気な言葉を」

 リリティスさんに抱き込まれて、きゅうきゅう軽く締められ、頬ずりされる。毎回、西洋のドラマみたいに、オーバーアクション気味の人達だなあ。
 また、カインハウザー様の大きな手が、頭を摑むようにわしわしと撫でる。
「主、従騎士見習いの少年を労うのとは違うのですよ、もっと優しく」
「そうか? なるべく力は入れてないのだが……」
「大きな手が、とても優しくて温かくて、私の心も温かくなります」

 父からは得られなかった温もり。それを昨日会ったばかりの人達から何度も与えられて、すっかり甘えっ子になってしまいそうで怖い。いつまでも続く幸せでは無いのに、つい誤解してしまう。
 ──ずっとこうしていられるのではないか、と。

 * * * * *

「この畑には、彼女以外にも妖精や精霊が居る。どれくらいわかる? 見えなくても、声が聴こえるだけでもいいし、存在をぼんやりとでも感じられるだけでもいいよ」

 カインハウザー様師匠の言葉に、今はサヴィア以外見えてないので、目を閉じて、音や気配に気を配ってみる。

 サヴィアと同じように鈴が鳴るような話し声や、薄い金属製の板を曲げたり反らしたりすると鳴るような音、風がないのに木々の葉ずれやざわめきの音が聴こえる。

「そう、それが彼らの言葉だ。人の言葉と同じように意味が解るものと、感情しか感じられないものとあるだろう?」
「……はい」
「彼らは君の心の本心を聴く。勿論、声に出した言葉もね。そこに齟齬があると、仲良くは出来ない。さっきも言ったけど、彼らと付き合う時は、言えない事は言わなくていいから、嘘は言わないこと。いいね?」

 それから、しばらくは彼らの言葉を聴くことに集中して、何も言わず、ただ、天幕の木蔭で、彼らを感じていた。


 *****


「シオリ」
「はい!」
 ビックリした。精霊達の囁きや妖精達のお喋りに集中していたから、カインハウザー様に声をかけられてちょっとだけ驚いちゃった。

「驚かせて悪いね。もう、陽が傾いてきたし、山犬がいるのなら、そろそろ今日は戻ろう」
「はい。ご指導ありがとうございました」
 立ち上がろうとして、ワンピースのあちこちについた葉っぱや花びらをはらう。
 実は、精霊や妖精さん達が私の上に花びらや葉っぱのシャワーを降らしてくれたのである。

「さすが、黙ってても精霊や妖精に好かれる体質の人は違うなぁ。そのままシオリが花の妖精のようだよ」
「……主、オヤジ発言の次はタラシですか」
「なぜだ? 素直な感想じゃないか」

 せっかくもらったものなので、集めて丁寧に重ねて、スカートを摘まんで弛ませ籠にして、持って帰ろうとする。
「シオリ、可愛い足が見えちゃうわ。こちらのバスケットに入れなさい。お昼は食べちゃったから空っぽよ」
「いいんですか?」
「いいわよ。……そんなに花びらや葉っぱ、どうするの?」
「みんなに戴いたものだから、大切にしようと思って……
 初めての、お友達からのプレゼントだもの、記念に押し花にしておきたいの」
「初めての、お友達……」

 ハッ また、やっちゃった! 今まで友達の一人もいない、ボッチだって告白してるようなものだ。
「や、あ、あの、一人も友達がいなかった訳じゃなくて、お誕生会とかクリスマスパーティーとかやったことなくて、その、みんなと贈り物の交換ってした事なくて……」
 ダメだ、益々墓穴掘ってる気がする。

「お母様が具合悪いのに、友達連れてきて騒ぐ訳にはいかないわよねぇ。仕方なかったんでしょ?」
 慈愛の眼で見おろし優しく頰を撫でてくれる。それで気がついたけど、また、涙が出てたみたい。こちらに来てから随分、涙もろくなっちゃったなぁ。
 リリティスさんはああ言ってくれたけど、家で誕生会やパーティーやらなくても、学校で手渡したり、誰かの家に行ってやってもいいのだ。
 結局、私は人付き合いがうまく出来てなかったのだろう。

「小さい内から、母君の代わりに家事をこなし、時には看病もしたのだろう? 母君を置いて遊びには行けないよね。
 シオリ、君は優しすぎる。人に気を使いすぎる。譬えそれが血を分けた母君であっても。
 そんな君だから、父君にうまく甘える事が出来なかったんだろう? きっと、父君も、母君の事で余裕がなくて、そんな君の懸命に大人であろうとした姿に甘えたのだろうな。そして、君が甘え方を覚えられなかったように、父君もまた、娘を可愛がる方法を覚えられなかったのだろう……」
「そ……かな」
「そうだとも! 会ったばかりのわたしたちでさえこんなに君が可愛いのに、血を分けた、生まれた時から見守っている父君に、可愛くないはずがないだろう?」
「本当に、そう……だと、嬉しいです」

 涙を手で拭い、立ち上がろうとするけど、足に、腰に、力が入らない。
「あ、れ? 立てない? 泣いたから?」
「昨日まで、魔術を使った事も感知した事もなかったんだろう?
 生まれたての子鹿が立ち上がるようなものだよ。
 力の使い方を制御出来ずに開放しきってしまったんだね。明日は魔力の、いわゆる筋肉痛みたいなものが来るかもしれないな」
 苦笑しながら、私の背と腿の裏に手を差し込み、一気に抱き上げる。
「ええっ、わっ、あわわ、お姫様抱っこ?」
「お姫様抱っこ?」
「シオリがまた、真っ赤です。完熟リンゴです。主、ひと言断ってから優しくそっと抱き上げてください。女の子なのですよ?」
「……悪かったよ。で、『お姫様抱っこ』って?」
 ……スルーしてくれないのね。

「こういう、横抱きのことを、私達は『お姫様抱っこ』って呼んで、白馬の騎士ナイトや王子様にされると、女の子達は嬉し恥ずかしで大はしゃぎです。
 新婚さんが、新居に入るとき、旦那様が奥さんをこうしてお姫様抱っこで入るのも、喜ばれます」
「なるほど、魂に刻み込んでおくよ。
 で、縦抱きもそんなウフフ話はあるのかい?」
「ウフフ話……お父さん抱っこと呼ばれて、歳の差カップルや、小柄な女の子を溺愛する大柄な騎士や大人の王様なんかの物語が好まれますが……」
「なるほど、やはり騎士は女の子にモテるんだね。辞めなきゃよかったかな?
 女の子は本能的に、守ってくれる人に大切にされてるのを実感できるシチュエーションが大好きなんだと、心のメモに書き込んでおく事にしたよ」
「主、書き込むだけではなく、要所要所で思い出してくださいね。
 大事に、優しくされるのが好きなんですよ?」
「シオリ、わたしは自分の秘書官にあんなに言われるほど、乱暴かな?」
 私にふらないで欲しい……

「カインハウザー様はいつも優しいです」
「主、抱え上げた状態では、言わせてるようなものですよ」
「シオリとは、この先何があっても嘘はつかないと約束したからセーフだ」

 そんな感じで、お屋敷に着くまで、周りに生温かい眼で見守られながら、主従のコントを聴かされ続けた。



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次回、Ⅰ.納得がいきません

24.ここはどこ? 目立たないって難しい⑧
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