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結愛花の御所日誌①
拾陸
しおりを挟む「今回だけなのか、ですか?」
お祖父様が難しい恐い表情で、御簾越しに私を見つめる。
その表情と、お言葉に、胸が苦しくなってきた。
「そうだ。結愛花が不安にならないよう箝口令を敷いてるが、人の口に戸は立てられない。
まして、大内裏で働く女官や午後から出歩く公達と違い、内裏から出ぬ狭い空間での生活を続ける妃や女房達の、一番の関心事は帝の寵愛の競い合いと他人の噂話だろう。それも、不幸や衝撃的な内容ほど早く伝播するものだ」
麗景殿の房子お姉さまのお部屋と梨壺の姿子お姉さまのお部屋を行き来する時の、各房の御簾越しにこちらを見る女房達の好奇の目や、聞こえよがしの嫌味のような会話。
少し、背がひやりとする。
「だから、いづれ結愛花にも伝わってくるかも知れぬから先に言っておこう」
一度姿勢を直して、しっかりと耳をかたむけた。
「麗景殿の二の姫は大丈夫なようだが、ここふた月ほど、大内裏の女官や禁裏の妃に体調不良を訴える者が増えている」
「……そう言えば、房子お姉さまが、そのような事を仰ってたわ」
「何と?」
「帝のお手付きの女官や更衣様達に、お食事が摂れない、食してももどされるほど具合の悪い方や、お子を流される方がいらっしゃるとお聞きしました」
振り返ったお祖父さまと顔をあげた春が目を合わせ、小さく頷く。
「そうか。やはり誰も口を閉ざしてはいられないだろうな。仕方ない。
その通りだ。ただ、梨壺の更衣は顔色もそこまで悪くなかったゆえ、ただの悪阻かもしれぬと思い、いたづらに結愛花を怖がらせたくなかったのでな」
敢えて話さずに、しかしもしものために、銀の匙を渡しておいたのだよ。
困った顔で、お祖父さまが謝ってくださる。
「だが、今回、こんな事になって、悠長に噂を押し止めたり、結愛花を怖がらせないようになどと言っておられぬな」
「前から、鉱物毒が禁裏内で出回って……?」
「その可能性が出て来たという事だね。梨壺と麗景殿の食事は、これより、台盤所を通さず、わたしが手配した者で調理し、配膳してここへ運ばせる」
「弘徽殿や飛香舎、登花殿、それこそ清涼殿などはよろしいのですか?」
弘徽殿は、中宮様のお住まい、飛香舎、登花殿にお住まいの女御様は、お祖父さまの一の姫と三の姫(私には伯母)、二の姫の娘(私の従姉)である。
「あれらの食事に異変があるとは聞いておらぬし」
にっこり微笑まれるお祖父さま。
「帝の寵愛も深いわたしの娘や孫娘に、毒を盛る愚か者がいるとでも?」
恐い。笑顔なのに、恐い。
一応、私も、お祖父さまの孫娘ではあるが、可能性を疑う者がいたとしても、女御や更衣などの妃になったわけではない。
そこが私と女御様達との違いだろうか。
「わたしのお姫さまに手を出すと、どうなるか、広く知らしめねばなるまい?」
「大殿、下手人を挙げるまでは、お手柔らかに」
春が、釘を刺す。きっと、やり過ぎるな、と言う意味だろう。
「何を言うのだ? はる。こういう時こそ、やり過ぎる程やっておかねばならんではないか。持てる権力をこういう時に使わずしていつ使うと言うのだ」
にやり
お父さまのお屋敷でも禁裏内でも、女房達が甲高い声をあげて気絶する人も出るし、女官も恥ずかって頰を染めるようなお綺麗なお顔で、お祖父さまが微笑む。
なぜだろう、大好きなお祖父さまなのに、どことなくわるものっぽいんですけど……
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