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穏やかな望みと胸騒ぐ望み
4.エスコートの代理人
しおりを挟む晴れやかな笑顔で晩餐前の書類仕事を片付けるアレクサンドル。
今日は、領地絡みでユーヴェルフィオもファヴィアンと共に書類整理をしていた。
「ユーヴェ従兄さま、珍しいですわね?」
「ああ、うちの領地内の事で、アレ⋯⋯殿下の仕事と繋がっていてね。どちらかというと、シスがアレク⋯⋯殿下と執務室に現れた事の方が不思議なんだが?」
そう言われると、言葉に詰まる。
フレキシヴァルトやデュバルディオなら、公務内容に繫がりがあって共にいることもある。
だが、アレクサンドルと重なることはあまりないのだ。
「彼女のハーブティーが仕事効率にとても有効でね、ひと息入れるときに頼もうと思って、アナファリテ妃からお借りして来たんだ」
「へぇ? 確かに、シスのお茶は、うちの執事より美味いからな。どうだ、久し振りに、僕にも淹れてくれないかな」
「はい、もちろんですわ」
本当は、アレクサンドルには先ほど既にブランカの隠れ処で淹れて、ひと寝入りしてもらったばかりなのだが、仕事中にも頭のスッキリする茶を淹れて欲しいと言われ、ついて来たのだ。
「シスは、今はユーフェミア殿下じゃなくて、アナファリテ妃殿下と一緒にいるのかい?」
「ええ。ミアと共同開発の事業は軌道に乗り始めたし、先日からメルティも加わることになって手隙になったから、アナに是非にと言われて、しばらく行動を共にする事になったの」
「ふぅん?」
ユーヴェルフィオは、ペパーミントをベースに、セージやマジョラム、血行促進や頭痛にも効くローズマリーも入った爽やかな香りを楽しみながら、チラとシスティアーナを盗み見るように覗う。
「あの、お従兄さま? 勿論お忙しいとは存じておりますが、その、月末の紫金の日の晩は、ご予定は空いてないかしら?」
「ん? 何? まあ、日暮れ以降なら空けられるかな?」
「でしたら、申し訳ないのですけれど、わたくしと一緒に、レーナンディア公爵家のパーティーに出ていただけないかしら?」
「いいよ」
ほっと胸を撫で下ろすシスティアーナ。
エルネスト、デュバルディオに振られ、もう欠席するしかと思っていた所に、降って湧いたように現れた救世主、又従兄のユーヴェルフィオが、快く引き受けてくれた。
「何? 従叔父さんやエルは?」
「ふたりとも、都合がつかなくて⋯⋯」
「そうか。(何やってんだよ、エルのやつ)まあ、いいよ、一緒に行こう。その日に、迎えに行けばいいかな?」
「はい、よろしくお願いします。お従兄さま」
「月末の紫金の日のパーティーって、サンドラ嬢の?」
「ええ。殿下も参加なさいますの?」
「いや、わたしは⋯⋯」
アレクサンドルは、血族でも臣下でも、女性が主役、或いは主催のパーティーには参加しない。
祝い事の披露パーティーであっても、弔事の追悼会や葬儀であっても。
贈り物もなく、祝辞・弔辞のカードを届けるのみ。
これまでそのスタイルを貫いてきたので、レーナンディア公爵家のパーティーにも参加しないと思っていたのだ。
「行きたいのは山々なんだけどね、その日は、今居ないディオの代わりに、ブルストブルクの大使達と会談があるんだ。君のお祖父さまの拓いた街、シーファークの養豚業を拡張するに当たって、ブルストブルクの指導協力を受けることになっていてね。あの街は、今は王家直轄地だから、ロイエルドと公爵も、会談に立ち合うんだよ」
それで、父はエスコート出来ないと言ったのか。
会談が上手くいけば、夜は親睦を兼ねて晩餐会になるに違いない。
「ま、僕がちゃんとエスコートして、侯爵邸まで送り届けますから、ご心配なく」
エルネストより幾分精悍さが際立つ整った顔を笑みに、なぜかアレクサンドルに向かって、言い放った。
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