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誰の手を取ればいいの
70.悪魔に育ってしまった元天使
しおりを挟む排除した。と言うフレキシヴァルトの声が鉄錆のようにザラついて耳に届く。
「もちろん、社会的に、だよ? 物理的にじゃない。現に、僕の従兄達はみんな生きてるだろう?」
「その時のあなたは、まだ6歳だったのでは?」
「そうだね。でも、まわりからじわじわと攻めて、王城に居られなくしたんだ。そんなに難しくなかったよ」
恐ろしい6歳児だな。エルネストは完全に中に踏み込むタイミングを失った。
「公爵閣下の、彼女への興味を向ける誘導に引っかからなかったのは、オルギュストと、兄上だけだったんじゃないかな。みんな、彼女との未来を夢想したり、気に入られようと何らかのアクションを起こしたよ。もちろん、僕もね。だけど⋯⋯」
このまま聴いていていいんだろうか。今まで聞いたこともないフレックの過去。本当は、アナが訊かなければ、ずっと秘密だったんじゃないんだろうか。
エルネストは、気になるがゆえに立ち去ることも出来ず、かと言ってどういう事なのか聞き質す事も出来ず、扉の前で立ち尽くしていた。
「始めは、女って怖いな。だった。ミアの話し相手候補として集められた女児の中では、君は浮いていた」
「そうね。父の位は侯爵位をいただいているけれど、王城で立場があるでもなく、領地以外の土地で名が通っている訳でもない、普通の、田園地──あの子達の言い方なら田舎領主だったわ。広い領地と交易が盛んな伯爵家の子や、豪商王と言われる商売で成功を収めた男爵家、鉱山を持っている伯爵家などの、爵位だけなら下の子達にすら、小馬鹿にされる日々だったわ」
「君は目立って美少女だったしね。ミアとシス、サンドラ以外の殆どの有力貴族の令嬢が、君を苛めていたのを見て、感心したんだ」
「感心する要素があったかしら?」
「うん。なんと言われようと、なにをされようと、君は決して屈しなかった。それどころか、時には理路整然と言い負かせていたね。ああ、この子は強い子なんだな、真っ直ぐで、揺るがない。だけど、同時に、その背中は弱々しく見えて、やがて手を貸したくなった」
やっぱり、訊いていたら悪いよな。後にしよう。
そう思って扉に背を向けると、ぶつかりそうな距離に、従騎士としての主アスヴェルが立っていた。
「盗み聞きはいけないね、エルネスト」
「いえ、あの、そんなつもりでは。って、アスヴェル様も、聴いていたんでしょう?」
「私はいいんだよ。フレキシヴァルト殿下の盾だから。そこに居るけれど、護衛官は人間じゃなくて殿下を守る盾と敵を討つ剣なんだ。道具だよ。物に何かを聞かれても気にする人は居ないだろう? 道具だから外で漏らすこともないし、意見を返す訳でもない。ただ、そこに居るだけ。でも、君は違う。君は、いずれ殿下の片腕になる。騎士を希望しているのに勿体ないとは思うけれど。でも、なにも騎士だけが殿下の剣でいられる手段じゃない。馬を巧みに操り鋭く剣を振るえる補佐官がいてもいいんじゃないかな? 殿下は、公務中でなければ、口調を改める必要はないしいつものように名前呼びでと言っていただろう? 殿下の臣下や道具じゃなくて、友人なんだ。だからね、君は立ち聞きはよくないね。プライベートが殆どない王家といえども、親友に知られたくない事柄はあるんじゃないかな」
尤もである。
「君はまわりの苛めに屈しないで、真っ直ぐ美しく、内面から輝く人に育っていった。ずっと、ミアの側にいたから、ずっと見て来た。
その内、社交デビューも視野に入れられる淑女に成長しつつあった頃、シャレにならない犯罪をもって、君を貶めようとした自称令嬢がいてね? あんなのを令嬢と呼ばなくてはならないなんて、王家の一員として情けない。その愚か者を二度と王城に来る事が出来ないよう、また、どこかの茶会や夜会でも遭うことがないよう、裏で手を回した。やはり、そんなに難しくなかったよ。彼女達をどうこうするのは難しいけど、親や一族の長に、王家に仕えるに相応しくない者がいるようだ、令嬢とさえ口にしたくない存在がいると囁くだけであたふたし始め、ちょっと日常会話を交わすだけで、彼らが僕に忖度して、娘をどうにかしてくれるんだよ」
「あなた⋯⋯そんな頃から」
「だからね? プロポーズの時にも言っただろう?『穏やかで素直、柔和で爽やかな、天使と呼ばれた僕が、君を守りたい一心で、人を排除するのに指1つ使わないで簡単に成し遂げる悪魔に育ってしまった。責任を取って僕と結婚して、僕を、元の穏やかで優しい王家の良心と呼ばれる人間に戻して、更に、幸せにして欲しい』とね?」
「ええ。憶えてるわ。あんな強迫みたいなプロポーズする人、あなただけよと思ったわ」
「インパクトはあっただろう? 彼女あっての今の僕だと君は言ったけれど、どちらかと言えば、君を守りたいがために、今の僕になったんだと思うけどね?」
「ふふ。私のせいにするのね?」
布擦れの音がして、ふたりの会話は途切れた。
結局、ほぼ盗み聞きしてしまったな。ふたりにどんな表情で会えばいいんだろう。
エルネストは、隣で立つ主正騎士アスヴェルの顔を仰ぎ見たが、困った表情を返されるだけだった。
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