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誰の手を取ればいいの
55.馬車からはみ出るレースの
しおりを挟む馬車の扉から漏れはみ出るように現れた花開くようなレースと波打つドレスの裾。
そのレースにも色にも見覚えがある。
娘システィアーナが、今朝登城の際に着ていった物だ。
「殿下、手を貸してくださるだけで、自分で降りられますわ」
頰を赤く染め、アレクサンドルの肩を小さな拳でぽこぽこと叩くシスティアーナ。
アレクサンドルは叩かれた側の片目を瞑り加減に、笑いながらシスティアーナを横抱きに抱え上げたまま降りてきた。
「レディ・エルティーネ。令嬢をお届けに参りました」
システィアーナを抱えたまま軽く頭を下げる、少し戯けた様子のアレクサンドルに、ハッとしてシスティアーナの領地管理執務補佐担当の執事が慌てて受け取りに駆け寄るが、アレクサンドルは渡そうとしなかった。
「王太子殿下自ら態々のお届け、誠に恐れ入ります。侯爵家一同感謝の念に堪えません。当主ロイエルドに変わって礼を申し上げますわ」
王太子と臣下たる侯爵家の宰相夫人。
序列は当然アレクサンドルが上だが、立太子する前からの付き合いで、血族傍系尊属の叔従祖母。
曾祖父エイリーク王の同腹の王弟アルトゥールのひとり娘のエルティーネは、ロイエルドに嫁ぐまで、ウィリアハム、エスタヴィオ、アルトゥールに何かあった場合の王位継承者として、王宮にて帝王学を学んだ事もある元王女。
アレクサンドルに対しても、公の場でなければ謙譲語などは使わず、親戚の叔母さんの態度である。
「システィアーナは怪我をしているのですか?」
「いえ? まさか、怪我をさせて、ひと言もないなんてないでしょう?」
「では、なぜそのような?」
システィアーナを横抱きに抱え上げたまま立っているのか。馬車の中ではどうだったのか。
困惑でもなく怒りでもなく、目と口元を弧に楽しげに微笑んでいるエルティーネ。
その後ろで、ソニアリーナが声に出さずに「きゃーっ、お姉さまが王太子殿下に抱き上げられてますわ~。どういう事なのかしら? でもとっても素敵、絵になるわ。ああ、次の刺繍や詩作のテーマにしましょう」などと、内心大騒ぎであった。
「⋯⋯ただ、僕がやってみたかっただけ?」
小首を傾げて答えるが、なぜに自信なさげに疑問形なのか。
「もう、お元気になられたのはよく解りましたから、降ろしてくださいませ」
──ああ
そう。馬車の中で、侯爵家の城門をくぐり、前庭を通っている頃、アレクサンドルは目覚め、揺れる馬車の中で窮屈な姿勢のまま眠ったにも拘わらず実に爽やかな目覚めで、むくりと起き上がったのだが。
彼女が「よく休めましたか?」と訊ねたので、とても元気になった、なんなら、このまま軽々とシスティアーナを抱き上げて馬車からそのまま降りられるくらいにと、冗談で返したのを、実行したのだったな。
最近のシスティアーナは、初心な少女のような反応をするので、可愛くてつい揶揄いたくなるのだ。
「すまない、ティアがあまりにも可愛らしい表情を見せてくれるので、つい、あれこれやってみたくなるんだよ」
「もぉ、子供みたいな事を仰らないでくださいませ! 成人なさったご立派な王太子殿下ともあろうお方が」
ははは
笑うアレクサンドルの姿に、エルティーネ以下、迎えに出た面々は驚いた。
笑わない王太子殿下が、笑っている?
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