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誰の手を取ればいいの
54.黒塗りの公用馬車から降りたのは
しおりを挟むこれは何事か?
エルティーネは、にこにこと微笑んではいたが、心の中では冷や汗をかいていた。
夫ロイエルドからの、
「東の領地に行く、しばらく戻れない。必要な物は執事に持たせるように」
という書簡を持った執事の一人が、娘が乗って行った筈の馬車で戻り、家令と共に夫の書斎から色々と持ち出し、そのままその馬車で出て行った。
娘はどうするのかと思ったが、執事の仕度の手伝いをした家令の話によると、ユーフェミア殿下のゲストルームに泊めてもらうとのことだった。
明日の王女達との共同事業に必要な物が邸のシスティアーナの作業部屋にあるままだ。
着ていく予定のドレスと、着付けに必要なメイドを数人と共に、明日必要な物を届ける準備をしていた所に、馬車が邸の正門から入ってくると報せが来た。
留守を預かる女主人として、落ち着いてエントランスへ出ると、前庭から、邸正面の立派な柱で支えられた軒下の馬車停留場へ向かって薔薇のアーチを潜る黒い箱型馬車が見えた。
紋章のないシンプルな物だが、あの馭者には見覚えがある。
王家専属の馭者だ。確かアーロウ侯爵家の三男だったはず。
後ろのステップに立つフットマンも、ベリーオルス伯爵家の次男で、王太子付き従者のひとり。
王太子殿下が、なぜ? 先触れも出さずに来訪するなど有り得るだろうか? ロイエルドもシスティアーナも留守のこの時に?
困惑はしたが顔には出さず、背筋をのばして待つ。
今は、侯爵夫人で宰相夫人でもあるが、成人前は王弟のひとり娘。王族の姫として、何事にも慌てず落ち着いて行動するように訓練されている。
また、本人の性格も、元々あまり動揺したりしない質だ。
だから、先触れも出さずに急いで来訪するほどの用とはなんだろうと身構えながら待った。
が。
これは想定外だった。
フットマンのベリーオルス伯爵家次男がステップから降り、馬車にしては重厚な扉を恭しく開く。
当然、王太子付きフットマンの様子から、アレクサンドルが降りてくるものと、侯爵家の皆は思っていた。
長い足がすっと伸び、踏み台を使わずにファヴィアンが降りて来て、一応安全確認をしてから、車内に降りるよう促す視線を送る。
そこまではいい。次はアレクサンドルだろうと、エルティーネ以下、ソニアリーナ、家政婦長、メイド頭がカーテシーの姿勢を取るべく半歩足を引き、家令、執事、侍従達も最敬礼の挨拶をしようと身構える。
が、目に映ったものは、アレクサンドルのスラッと伸びた足でも黄金の髪でもなく。
オーガンジーとレースがバサリと、扉の幅を超えて飛び出し、広がる光景だった。
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