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誰の手を取ればいいの

27.社交界のシーズンオフのご予定は? 

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 ユーフェミアやアルメルティアが、公務の合間にくつろぐサンルームを訪ねてみると、予想通り、ふたりで本をたくさん開いて何かを語り合っていた。

 どうやら、ふたりが現在ハマっているシリーズものの英雄譚についてらしい。

 物語に興味はないのか、アナファリテがあくびをかみ殺しながら、刺繍をしていた。

「アナもいたのね」
「シス。……なんか、いい匂いがする?」
「ええ。みんなにマフィンを焼いてきましたの」

 初心者でも失敗しにくい定番の焼き菓子である。
 システィアーナは、これらにナッツを入れたり、紅茶葉を刻んで入れたり、ドライフルーツを入れたりするのが好きで、いつも何種類も焼く。

「さすがね! いただいてもいいかしら?」
「勿論よ。そのために持って来たのだもの」

 部屋の隅に待機していたメイドが、ワゴンに茶器を人数分乗せて来る。
 控え室の流し台で湯を沸かして来て、茶の用意を始めるメイドに、ここでもシスティアーナが彼女らから仕事を取り上げるかのように制止し、自ら4人分淹れる。

「この、シスのブレンド、真似できないわ」
「アナはお菓子作りとかお茶をブレンドして淹れるとか、元々上手くないじゃない」
「メルティ。一般的な令嬢は、お菓子を作ったり、お茶を自分で淹れたりしないものよ?」

 確かに。メイドや侍女がするものだろう。庭のハーブを摘んで茶を淹れる趣味があっても、厨房に入って、料理したり菓子を焼いたりする令嬢はかなり少ない。或いは、やっていたとしても、家の外には作った物も作るという話も持ち出さない。

「わたくしは、気分転換に時々焼くのだけれど、そんなに恥ずかしいことだとは思わないわ。メルティだって、やりたかったらいくらでも教えるし、もちろん厨房に立って一緒にやるわ。でも、やれない、出来ないからって、それもまた恥ずかしい事でもないのよ」
「ん~、私はいいわ。奥宮のパティスリーのお菓子が美味しいし、お茶も侍女が入れるので満足だもの。態々わざわざ自分でマズいものを作る気はないもの」
「マズい前提なのね」
「お姉様だって、刺繍はお上手でも、きっとお菓子は作れないわよ。少なくともシスより美味しくない出来映えに決まってるわ」
「年期が違うわよ。私だって、やろうと思えば……」

 喧嘩ではないが言い合いになる姉妹を置いて、アナファリテがシスティアーナに向き直る。

「ねえ、シス。次の社交シーズンまでの夏の間、どう過ごすの?」
「特には予定はないから、いつもの通り、ミアを手伝いながら、たまに外務省で通訳に駆り出されるんじゃないかしら?
 それに、社交界はオフシーズンでも、だからこそ時間も作りやすいと思うから、いつもは中々会えない、侯爵家の令嬢達と非公開で内輪のお茶会するのもいいかしら?」
「そう。……その、ミアの手伝いを減らすとか、通訳を断るとか、纏まった時間は作れないかしら?」
「出来ない事もないと思うけれど…… 何かあるの?」
「う⋯⋯ん。まだ決まった訳じゃないんだけど、ちょっと考えてる事があって」

 珍しく歯切れの悪い物言いをするアナファリテ。

「あら、いいんじゃない? 私の方は大丈夫よ? 婦人活動法人もだいたい軌道に乗ったんだし、公務で手が足りなければメルティを使うわ」
「お姉さま?」
「ああ、ごめんなさい。使うという言い方は悪かったわね。メルティだって、公務をこなせる歳よ? 私の手伝いから慣れていくのもいいと思うの」
「ああ、そう言うこと。なら、仕方ないわね。お姉さまやシスが私の歳には、立派に大人に混じって公務をこなされていたのだもの、文句は言えないわ」
「ほら、メルティもそう言ってるから、こちらは気にしないで、アナに付き合ってあげたら?」

 これまでやって来た公務を休んでもいい?

 ユーフェミアもアナファリテも、何か裏に隠された含みがあるのではないだろうか? システィアーナは不安が募り、曖昧に頷いた。


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