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小さな嵐の吹くところ
32.王都へ
しおりを挟む午前中は、件の漁村への対応について町の有権者と話した。
システィアーナ達を襲撃した漁夫達の処分は、町の住人には手を出さなかったものの、襲ったのが王族であったため、王都で宰相や陪審員と相談することになり、とりあえずは町の駐屯騎士団の留置室に留め置かれることになった。
左手を失った男は、今も瀕死の状態で、軍医に見せたが、綺麗に切断されているのと速めの処理がよかったので、縫い合わせて形の上では繋げることは可能だが、神経や筋肉が元通りに動くことはないだろうとの事だった。
純度の高いアルコールで消毒して切断面を焼き片腕で過ごすのか、動かないことを覚悟で繋げるかの選択に、本人も仲間も、今回のことの戒めとして繋げず片腕で生きていくとのことだった。
申し訳なさそうなエルネストに皆が声をかけられなかったが、男の方が、
「俺は俺の人生のためにお前達を襲撃しタ。
人質をとって交渉するはずガ感情的になッテその薄紅の娘を傷つけようとした俺が間違エ、お前はその娘を助けるために最善を尽くしタ。
その結果がこの片腕。お前が気にすることはナイ」
と言って寝台の上で視線を反らすのが、システィアーナには印象的だった。
*****
アレクサンドルには一日遅れ、システィアーナ達には半日遅れで、王都への帰路につく。
紋章を外しただけの大きな黒塗りの馬車が三台、日用品などを積んだ荷馬車が四台、護衛の騎士が行きの倍と言った大所帯の隊列になってしまった。
アレクサンドルとフレック夫妻、ユーフェミアとシスティアーナにはエルネストが同乗した。
その二台は特に問題はないが、デュバルディオの馬車は、近寄り難い雰囲気を醸し出していた。
デュバルディオが公務に使う、アレクサンドル達の物より幾分質素──そうは言っても辻馬車や下位貴族の日常使いの物に比べたら遙かに豪奢である──馬車には、ディオの隣に従姉であるマリアンナが、進行方向の座席には、王女の向かいで隅に縮こまっているマリアンナの侍女と、ディオの向かいに柔和に微笑むカルルが座っている。
マリアンナは当然口には出せないがアレクサンドルと乗りたかったのであるし、カルルはシスティアーナと同乗したかった。
二人とも、態々着いて来た甲斐がないのである。
「妹達への土産物も用意できたし、船の披露パーティーも楽しめたし、有意義な休暇公務だった。と、僕は思ってるんだけど⋯⋯ 二人はそうじゃなかったみたいね」
本音である。ディオには、農園や市場を視察するのも楽しかったし、システィアーナの手をひいて通りを歩くのも楽しかった。
襲撃には驚いたが、兄妹とシスティアーナの三人分の護衛騎士がいるし、自分には特務機関の影もついている。
相手は漁師崩れの戦闘素人で、たいしたことにはならないと踏んでいた。
そのせいで油断して、システィアーナが捕らえられた訳だが。
何よりも──
(王都までこの雰囲気で数日とか、勘弁してくれ)
窓の外は快晴で、王都までの道は順調であった。
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