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冥界に一番近い山──楽園と地獄の釜

きゅう。『このバトンを振るには、古式ゆかしい伝統の姿勢があるそうです』──ちょっと恥ずかしいけどそんなこと言ってられないよね?

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     🎼

「このバトンを振るには、古式ゆかしい伝統の姿勢があるそうです」

 私は肩幅に脚を開いて立ち、右手にバトンを握らず添えるように持ち、肩に担ぐような角度に、でも本当に担ぐわけじゃなくて、左手は腰に当てる。

 右手の手首を上げ下げして、バトンを振ると、房飾りが揺れて、私はその場で足踏みをする。

 規則正しくワン・ツー、ワン・ツー。

 少し続けると、錫の飾りが触れ合うような涼やかな音が鳴り出す。
 お祖母さんは錫のチャームがシャラシャラいうのが好きでした。

 この音が鳴りだしたら、後は自分のイメージで好きに踊っていい。
 踊りに合わせた音が鳴るのだ。

 ──冥府で眠ってたのに起こされて困っちゃうよね
   私達も、邪魔がしたい訳じゃないの
   ごめんね。冥府へ戻って、静かに眠って下さいね?

 そんな事を考えながら、ゆっくりくるくるまわりながら踊り始めると、昔、お祖母さんがよく聴かせてくれた子守唄のメロディが、バトンの先のチャームトップから流れて来た。

「なんか、眠くなる音色ね?」

 子守唄ですから。

 踊りに熱が入ってくると、アネッタさん達の言葉も、魔物を退治する攻撃音も、周りの音はすべて雑音として耳に入っても頭では認識出来なくなり、祖母の子守唄の音色だけが聴こえるようになる。
 踊りながら蹴る地の、私の足音さえも聴こえなくなっていく。

 バトンから流れる音色はどんどん大きくなり、やがて火口の底へと鳴り響いていく。すり鉢状の火口が鳴っているかのように、反響し増幅されて大音響になっていくけど、不思議とうるさくない。
 火口への崖の縁から森の方へも拡がっていき、森との境目で私達を威嚇していた魔獣達は、その場に伏して眠りだした。

 死霊レイス冥気ヘルノは火口の斜面に横たわり、やがて染み込むように、地に沈んでいった。

死霊レイスが、冥府に帰ってい……ったのか?」

 斜面に雨水が染み込むように沈んでいった死霊レイスはひとつもいなくなり、あたりに漂っていた冥気ヘルノはすっかり晴れた。

 屍喰鬼グールも黄泉帰りも増えなくなり、アネッタさんの爆裂魔法で火口から上がってくる魔物はすべて殲滅された。

「ふぃ~。このバトン、こんな使い方もあるのね~」
「いつもはどうしてるの?」
「え? 振ったら楽しい音楽が鳴るので、適当に踊って、『アレフ、もっと強くなれ~』とか、『エドガー、もっと防御強くなれ~』とかって歌ったら、少しだけみんなの能力値ステータスが上がったり、ご飯の後に踊って、みんなが元気になる、とか? そんな感じです」
「そ、そう…… いつも、みんな助かってたのね。たぶん」

 エドガーはあまり嬉しそうにしてくれたことないけど…… ちょっとは喜んでくれてたのかな?
 










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