143 / 143
婚約者様と私Ⅱ
142.クリスから婚約者への贈り物──クライナーエンゲルのドレス
しおりを挟む「十年前の白緑の天使の羽衣であれば、恐らく試作品の一点ものでしょう。見本を展示して、お客様のご希望に合わせて注文を受けた分だけ作る方式をとっていたのですが、白緑の物は、確か、ずっと売れなかったので廃番にしようと思っていた所を、青の森の上位貴族の奥方が、急ぐからと現物をお買い上げになられたと記憶しております」
ローフェンロゥク氏は、ミレーニアお母さまがお買い求めになったのだと思っているのだろう。
母は、青の森の官僚伯爵家の出身だけど、国境近くの穀倉地を管理する方伯の財務管理官をしていた官僚子爵の父に嫁いだので、出身、婚家共に上位貴族ではない。
もしかしたら、紹介状もない状態で一見客なのに高級ドレスメーカーで購入するために、そうと思われるような態度を取ったり、ミレーニアお母さまのフリをしたのかもしれない。
「奥さまは、廃番にしようとカウンターの奥に下げていた白緑のドレスを見て、白っぽい方が天使らしいし、娘の瞳はグリーントルマリンのような美しい緑色をしているから、これがいい、まだ誰にも売っていないのなら尚のこと、娘のための一着のように思えるから、これがいいと仰って、その場で購入なされました」
その後十年近く経って、クリスが帝都の工房を訪ね、婚約者に思い出のドレスを見て色々と懐かしがって欲しいからと、白緑の、天使の羽衣に似たデザインのドレスを作って欲しいと、注文して来たらしい。
こっそりと侍女から採寸表を手に入れて来ていたので、なんとか作れたけれど、子供服に比べて何倍ものレースが必要で、重量もあり嵩張る物になったけれど、それが、婦人用ドレスの第一号だったのだとか。
その後、二着目以降、工房の職人達の生活環境を整えたり、生地やレース糸を用立てる資金などを援助するから、お嬢さまへの贈り物と同じ物を売らないで欲しいと要求してきたという経緯を聞かされ、まるで自分のためのことのような錯覚に、頰に熱が集まる。
「婚約者様にとても愛されておいでですね」
私は、本物の、婚約者のお嬢さまではないし、こんな高級ドレスを身に纏えるような身分でもない。
でも、クライナーエンゲルのドレスが出会いのきっかけである思い出は、私の物だ。
お嬢さまに、自分を思い出して欲しいと願って贈った物だとしても、クリスが思い出して欲しかった子分の誓いを立てたのは、私だ。
クリスに子分の誓いを立て、クリスの将来に役立つために、あらゆる本を読み、語学を修得し、長じて立派な騎士になったクリスとの再会を夢見ていたのは、私だ。
その願いは、歪んだ形ではあっても、果たされた。
もう、それでいいではないか。
もう直ぐ、病を得た予後の体調が整えば、お嬢さまが戻ってくる。
これ以上、クリスと思い出を増やすべきではない。
入れ替わった時の違和感や齟齬が大きくなりすぎるし──いえ、既に、別人のように乖離しているだろう。
これ以上、クリスと近しくするべきではない。
お嬢さまがお戻りになったら、しばらく会わないでおいてもらって、違和感を少しでも薄くしてもらわないと。
ううん。もう、その後は私には関係のないこと。
別人を疑われようが、齟齬を繕えなかろうが、それは、浮気を繰り返し病を得たお嬢さまの罪だ。
そう、割り切れたらいいのだけれど。私は、クリスを騙したお嬢さまの片棒を担ぐ、呆れた酷い女なのだ。
傷つくであろうクリスを気づかう資格など、ありはしない。
クリスとの新しい思い出の贈り物、ブレスレットが壊れてしまったのは、神様からの、己の所業を恥じよという天啓なのかもしれない。
26
お気に入りに追加
4,316
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(234件)
あなたにおすすめの小説
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約「解消」ではなく「破棄」ですか? いいでしょう、お受けしますよ?
ピコっぴ
恋愛
7歳の時から婚姻契約にある我が婚約者は、どんな努力をしても私に全く関心を見せなかった。
13歳の時、寄り添った夫婦になる事を諦めた。夜会のエスコートすらしてくれなくなったから。
16歳の現在、シャンパンゴールドの人形のような可愛らしい令嬢を伴って夜会に現れ、婚約破棄すると宣う婚約者。
そちらが歩み寄ろうともせず、無視を決め込んだ挙句に、王命での婚姻契約を一方的に「破棄」ですか?
ただ素直に「解消」すればいいものを⋯⋯
婚約者との関係を諦めていた私はともかく、まわりが怒り心頭、許してはくれないようです。
恋愛らしい恋愛小説が上手く書けず、試行錯誤中なのですが、一話あたり短めにしてあるので、サクッと読めるはず? デス🙇
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様
オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
更新ずっとお待ちしております。
更新ずっと待ってますね!
更新お待ちしています。