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婚約者様と私Ⅱ

142.クリスから婚約者への贈り物──クライナーエンゲルのドレス

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「十年前の白緑の びゃくりょく 天使の羽衣Federkleidであれば、恐らく試作品の一点ものでしょう。見本を展示して、お客様のご希望に合わせて注文を受けた分だけ作る方式をとっていたのですが、白緑の物は、確か、ずっと売れなかったので廃番にしようと思っていた所を、青の森のブラウヴァルト 上位貴族の奥方が、急ぐからと現物をお買い上げになられたと記憶しております」

 ローフェンロゥク氏は、ミレーニアお母さまがお買い求めになったのだと思っているのだろう。

 母は、青の森のブラウヴァルト 官僚伯爵家の出身だけど、国境近くの穀倉地を管理する方伯の財務管理官をしていた官僚子爵の父に嫁いだので、出身、婚家共に上位貴族ではない。
 もしかしたら、紹介状もない状態で一見客なのに高級ドレスメーカーで購入するために、そうと思われるような態度を取ったり、ミレーニアお母さまのフリをしたのかもしれない。


「奥さまは、廃番にしようとカウンターの奥に下げていた白緑びゃくりょくのドレスを見て、白っぽい方が天使らしいし、娘の瞳はグリーントルマリンのような美しい緑色をしているから、これがいい、まだ誰にも売っていないのなら尚のこと、娘のための一着のように思えるから、これがいいと仰って、その場で購入なされました」

 その後十年近く経って、クリスが帝都の工房を訪ね、婚約者に思い出のドレスを見て色々と懐かしがって欲しいからと、白緑の、天使の羽衣Federkleidに似たデザインのドレスを作って欲しいと、注文して来たらしい。
 こっそりと侍女から採寸表を手に入れて来ていたので、なんとか作れたけれど、子供服に比べて何倍ものレースが必要で、重量もあり嵩張る物になったけれど、それが、婦人用ドレスの第一号だったのだとか。

 その後、二着目以降、工房の職人達の生活環境を整えたり、生地やレース糸を用立てる資金などを援助するから、お嬢さまへの贈り物と同じ物を売らないで欲しいと要求してきたという経緯を聞かされ、まるで自分のためのことのような錯覚に、頰に熱が集まる。

「婚約者様にとても愛されておいでですね」

 私は、本物の、婚約者のお嬢さまではないし、こんな高級ドレスを身に纏えるような身分でもない。

 でも、クライナーエンゲルのドレスが出会いのきっかけである思い出は、私の物だ。

 お嬢さまに、自分を思い出して欲しいと願って贈った物だとしても、クリスが思い出して欲しかった子分の誓いを立てたのは、私だ。

 クリスに子分の誓いを立て、クリスの将来に役立つために、あらゆる本を読み、語学を修得し、長じて立派な騎士になったクリスとの再会を夢見ていたのは、私だ。

 その願いは、歪んだ形ではあっても、果たされた。

 もう、それでいいではないか。

 もう直ぐ、病を得た予後の体調が整えば、お嬢さまが戻ってくる。
 これ以上、クリスと思い出を増やすべきではない。

 入れ替わった時の違和感や齟齬が大きくなりすぎるし──いえ、既に、別人のように乖離しているだろう。

 これ以上、クリスと近しくするべきではない。

 お嬢さまがお戻りになったら、しばらく会わないでおいてもらって、違和感を少しでも薄くしてもらわないと。

 ううん。もう、その後は私には関係のないこと。
 別人を疑われようが、齟齬を繕えなかろうが、それは、浮気を繰り返し病を得たお嬢さまの罪だ。

 そう、割り切れたらいいのだけれど。私は、クリスを騙したお嬢さまの片棒を担ぐ、呆れた酷い女なのだ。
 傷つくであろうクリスを気づかう資格など、ありはしない。


 クリスとの新しい思い出の贈り物、ブレスレットが壊れてしまったのは、神様からの、己の所業を恥じよという天啓なのかもしれない。



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感想 234

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みんなの感想(234件)

えりり
2023.07.01 えりり

更新ずっとお待ちしております。

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ゼラニウム
2023.05.22 ゼラニウム

更新ずっと待ってますね!

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ミドリ
2023.02.27 ミドリ

更新お待ちしています。

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