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婚約者様と私Ⅱ

138.王太子と王佐補佐

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 イルゼさんだけでは手が足りないと、私とテレーゼ様も喚ばれ、王妃のお茶会に参加する。

 今回は、青の森のブラウヴァルト 貴婦人方は殆ど居なくて、今後会う可能性は限りなく低い、主催者の王妃と王太子妃、第二王子シーグフリート殿下の妃殿下と、王妹殿下がおふたりのみ。
 招待客は、青の森のブラウヴァルト 資源と工芸品を求めて貿易外交に来た諸国の大使夫人である。

 薔薇が見事な庭園の中心にテーブル席を設け、招待客を囲むように、青の森のブラウヴァルト 工芸品を長テーブルに展示し、各展示テーブル毎に騎士が左右に二歩下がった位置に警備している。

 テレーゼ様もイルゼさんも、私も、それぞれ各大使夫人の質問に、ご夫人達のお国の言葉で答えていく。

「助かったよ。王宮にも通辞はそつうじ(通訳)れぞれ居るが、我が国の文化や工芸品や産業などにそれほど詳しい訳ではないからな」
「わたくし達も、専門知識がある訳ではありませんわ」
「それでも、語学に多少明るくても自分の担当業界の事に特化して他は一般常識程度、貴族生活には慣れていても、街の商会の事や労働者階級の事まで網羅している通辞は少ない。
 テレーゼ嬢のように、街の商会や職人ギルドや婦人会などに支援活動をしている方が間に入ってくれると、話がスムーズに流れる。
 アンジュ嬢の文学や歴史、文化の知識は、婦人方との会話のとっかかりを作るのに色々と引用したり、話を膨らませて話題を広げたりして、かなり有効だろう?

 わたしは、そういう機転が利いて、ウィットに富んだ会話が出来る才女を、もっと雇用したいと考えているのだよ」
「とても素晴らしいお考えですわ、殿下。わたくしでよければ、ぜひお手伝いさせてくださいませ」

 テレーゼ様は、とても綺麗なカーテシーで殿下に頭を下げる。殿下も満足げに頷いていた。

 爽やかな笑顔を、こちらに向けてくる殿下の眼は、お前も手伝ってくれるな?という圧をかけてきているように見える。
 平民になった私や、子爵令嬢だった私なら、一も二もなく頷いていただろう。

 でも⋯⋯

「わたくしは、来年の初夏には、青の森にブラウヴァルト はおりませんから⋯⋯」
「それまでならいいだろう? テストケースとして、テレーゼ嬢と初代女外務省高官をやってみないか? 上手くいけば、他の女性達も後に続くだろう」
「そうなれば、どんなにか素晴らしい事でしょう。殿下の下で青の森のブラウヴァルト 未来は輝かしいものになりましょう」

 頭を下げたまま、殿下に口上を述べるように誉め称えるテレーゼ様。
 私も、素晴らしいことだと思うし、出来ることなら足がかりとして出仕したいと思う。

 でも、お嬢さまの身代わりであるアンジュではダメなのだ。

 元の、お母さまに似た、美しいお嬢さまが戻って来ても、学校で学んだこともなく市井で働いたこともなく、空き時間にお教えしても古典文学や歴史書に興味を示さなかった彼女には、私と同じ事は出来ないだろう。
 肝心の語学も子供よりかはマシ程度。むしろ、幼少から語学に触れる機会のある子供なら、私よりも流暢に話す事だろう。だが、彼らには、社会経験や教養が足りない。

 テレーゼ様なら、卒なく熟していくだろう。

 私に語学を学びたいというのは傍にいる口実で、恐らく私がお教えする必要はない程度に素地がある。それは、この数ヶ月で理解していた。

 ならば、テレーゼ様は、なんのために、語学が不安だというフリをしてまで私の傍にいたのか。

 訊くのが怖い。


 私は、話題を変えて誤魔化す事にした。

青の森のブラウヴァルト 未来というなら。
 先日、狩猟会では人が多くて機会もなく言えませんでしたが。シーグフリート殿下、未来の王佐就任おめでとうございます」

 そう。第一王子を抑えて王太子になるのではないかと目されていた、天才肌の第二王子シーグフリート殿下。
 この社交シーズン最初の話題は、第一王子が正式な王太子として立太子したというもの。

 多くの家臣が惜しんだという。

「おや、厭味かな? わたしは王太子になれなかった第二王子なのだがね?」
「いいえ。聡明な殿下は、色々と制約のある、玉座で構えていなくてはならない国王よりも、自由に国内を飛び回って、能力のあるものを招聘し宮廷の要職に据え、不正を働く逆臣の証拠を押さえ、国内を見てまわり、より良い国を治める手立てを調えられる、臣下でありながらそれなりの権力を持っている王佐や宰相職を初めから狙っておいででしょう」
「ほう?」
「加えて、第一王子殿下は、うかうかと逆臣に操られたり他の王族に地位を奪われたりするような凡愚ではないでしょう? 安心して国王を任せ、水面下で活躍なさる役割を選ばれると思っていましたので」
「どうしてそう思う。そも、国王でもそれは出来ないことはなかろう」
「もし、本当に王太子になるおつもりでしたら、何らかの手段を用いてでもとっくに立太子していらっしゃるでしょう?」

 シーグフリート殿下は目を見開いて驚きをみせ、すぐに細めて笑い出す。

「なるほど。確かに。わたしも君の父上と変わらない歳で、父上──陛下もご高齢だ。王太子に収まるならもっと早くに行動に移していてもおかしくない。確かにな。ははは。さすが、よく考えている」

 生意気だと思われたり気分を害された風もなく、笑い飛ばしてもらえてホッとする。

 早く帰りたい⋯⋯ 




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