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婚約者様と私Ⅱ

136.天幕にて

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 クリスとお兄さまが戻ってこられるまで、とても緊張して、落ち着けないでいた。

 侯爵家のための天幕で、パトリツィア殿下とアウレリア=ベネディクト君とイルマさんとで待っていた訳だけど。
 テレーゼ様も開始までに合流して、それは心強かったのだけれど。

 王太子殿下の第一王女メルツェーデス殿下(Mercedes(独)慈悲深い人の意)と、第二王子シーグフリート殿下と王女がふたり、なぜかここに居るのだ。

 私達には構わずに、王族の天幕に入っててくれればいいのに⋯⋯

「そう言うな。かしこまった場ではなく、本音で話せるいい機会であろう?」

 もちろん、あっちに行けと直接言った訳ではない。
 遠回しに、そちらの方が過ごしやすいでしょうと促しただけ。
 そして、どんな場を設けたとて、王族と本音で語り合える訳がない。

「殿下と対等に話せるなど畏れ多く、ゆえに、本音で話す事は有り得ないでしょう。どうぞ、ご容赦くださいませんか」
「ははは。だから、そうかしこまるな。我が娘を叱り飛ばしたときのように泰然としておれば良い」

 根に持っている訳ではないだろうけれど、テレーゼ様達もいらっしゃるのに、やめて欲しい。

「アンジュを動かすには、アンジュが大切にしている、アンジュのまわりの人を動かすことですわ。自分のためには何ほども頑張りませんの、この子は。むしろ、逃げたり諦めたりしてしまいますのよ」

 ホホホと笑うテレーゼ様。何をもってそんな風に言い切るのか解らないけれど、わたくしは知っていてよ?と言わんばかりに、得意げな笑顔でシーグフリート殿下に向き合う。

「確かに。自身をどう言われようと反応がなかったのに、専属の侍女を貸せと娘が言ったら毅然と撥ねつけたな? さすがテレーゼ嬢、よく見ておるな」
「曾祖母が姉妹でわたくし達は三従姉妹みいとこで年も近い令嬢同士。仲よくするのに必要なのは、相手をよく知ることですわ」
「そういう言い方なら、テレーゼ嬢もアンジュリーネ嬢も、私から見て再従妹はとこめいだな? その辺の、王家から降嫁・臣籍降下した血縁だと、自分は他の貴族達と違うのだと勘違いして、理解不能な言動をする公爵家侯爵家の者に比べたら、そなた達は弁えている。頼もしい限りなので、娘達の手本になってくれると嬉しいのだがね?」
「お父さま!! まだ、その話を蒸し返すのですか?」

 私に語学の教師を望み、断るとイルゼを貸せと言った王女が、真っ赤になってシーグフリート殿下に抗議する。

「また、似たような思い違いをしないよう、機会があれば話題に出す。悔しければ、わたしや妃が安心出来る人物になりなさい」

 こんな所で、私をダシに使って王女教育をしないで欲しい。

 そんなこんなで、王室とも侯爵家とも縁戚のテレーゼ嬢と、婚約者の親戚の姉妹ヽヽを交えて、家族やパートナーが獲物を持ち帰るのを待った。


 昼、一度お兄さまは、お祖父さまにお借りした猟犬と共に一匹の赤狐と、二本の欧州キツネの尾を持ち帰った。

「クリスと猟犬がうまく追い立ててくれて、なんとか形だけでも獲れたよ」

 二本の尾は、それぞれパトリツィア殿下とアウレリア=ベネディクト君に贈られた。

「これから寒くなるから、襟巻きにいい。ありがとうございます」

 頰を染めて俯きながらモジモジと礼を述べるパトリツィア殿下はとても可愛い。

 ベネディクト君も、行動責任能力を認められるデビュタントの頃には、自分も参加したいとやや興奮していた。

 テレーゼ嬢の二の兄上様は、赤狐の尾を三本と灰色キツネ一匹を持ち帰った。


 そして、クリスは⋯⋯




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