129 / 143
婚約者様と私Ⅱ
128.悪友ご令嬢の訴え
しおりを挟む立ち上がって駆け寄ろうとしたナターリエ様を、私の方が背は低いけれど鼻と顎を突き上げるようにして、睥睨してお嬢さまを演じて、制する。
「なんですの? いきなりいらっしゃるなんて」
「だって、貴女、別荘から戻ってからは、お茶会に出て来ないし」
「社交シーズンは、秋までお休みでしょう? ヒューゲルベルクに帰っていたのよ」
「え? 領地には行ったことがないって⋯⋯」
「ええ。それで、お兄さまがぜひ、嫁ぐまでに一度くらい領地を見ておけって、有無を言わさず、部屋のものを荷造りしちゃって、強引に連れて行かれたのよ。ま、結果、行ってよかったけれど」
眉を顰めて、私の顔を覗き込むように見つめるナターリエ様。
「冷血漢なお兄さまとは仲が良くないと思ってたわ」
「ええ。わたくしもよ。別荘から戻った日の夕飯前には、放蕩娘が今夜は晩餐に参加するのかって嫌味を言われたし、キツい目で睨むように見られたわ」
「そ、そう⋯⋯」
呆気にとられ、ベンチに座り直す。
メイドが淹れたお茶を受け取り、ぼーっと私のドレスを見ながら、呆けていたけれど、ハッとして、茶器をテーブルに置く。
「そうよ! そんな事、今はどうでもいいわ!! アンジュリーネ、貴女、本当に体調不良はない!?」
目配せを送り、メイドを屋敷の方へ下げる。
私とナターリエ様だけになったのを確認してから話しかける。
「また、その話? 首も見せたし、なんともないと言ったでしょう?」
「首だけじゃなくて、背中や他の所も見せられる?」
「⋯⋯ここでは無理だけれど、見せてもよくてよ。私は何ともないのだから」
「ほ、本当に、何ともないのね?」
「ええ。先日からずっとそう言っているでしょう?」
ブツブツと呟き、俯くナターリエ様。
「⋯⋯どうして? どうしてなの?」
「ナターリエ様?」
なんか目が怖い⋯⋯
そう言えば、テレーゼ様のお茶会の時、ギュンター様が亡くなったことで怖くなって、私(お嬢さま)に病変はないか訊いてきたんだった。
「なんでよっ!? あのギュンター様と寝てたアンタが平気で、私が⋯⋯っ」
ちょっと大きな声で、侯爵邸の中で止めてくださいと言いたいけど、外でも困る。
とにかく、興奮を静めてもらわないと。
「あ、あのね、ナターリエ様、落ち着いてください」
「なんでなのよ!? 貴女、本当に発症しなかったの? 寝てた貴女が平気で、ちょっと楽しんだだけの私が。そんなのウソよ!!」
興奮して喚きだした。
メイドを下げておいてよかった。
訊かれたら、お嬢さまがただ我が儘で殿方を振り回してただけじゃなく、深い関係だったとバレちゃうわ。
私がギュンター様と深い仲で瘡毒が移ってない(ほんとは発症して闘病中だけど)のに、自分だけが⋯⋯ ってことは?
ナターリエ様は、瘡毒にかかって発症したってこと?
「な、ナターリエ様、あの⋯⋯」
「ナター、リ、エ様?」
泣いてた眼をギロリとこちらへ向け、静かに私を見つめてくる。
「どういう事? 人前では嬢をつけることはあっても、ふたりでいる時や遊び仲間といる時に敬称をつけた事なんてなかった。まして、様? アンタ⋯⋯、まさか、アンジュリーネじゃないの?」
動揺のあまり、途中から素に戻ってた!?
「ねぇ!! アンタ、アンジュリーネじゃないなら誰なの!? 似てる、確かに似てるけど、なんか違う。ねぇ!! アンタがアンジュリーネのフリをしてるってことは、やっぱり、あの子は発症したの!? まさか、もう死んだの!? それとも、王家やヒューゲルベルク公爵家の力で治してるの? もしかして、治療薬があるの!?」
治療法もまだ確立しておらず、特効薬も未だ発明されていない瘡毒のこと、もしお嬢さまも罹患して、治療が成功したのなら、自分もと思うことだろう。
藁にでも縋るってやつだろうか、ナターリエ様は、鬼気迫るような目をして私に掴みかかろうとした。
「お止めなさい!!」
ナターリエ様の背後から二の腕を、ドレスが引き攣れるのも構わず摑む大きな手。金属製の籠手を装着した騎士がふたり。
ハーフプレートメイルを着ていて、兜はないため顔は見えるのだけれど、侯爵邸の騎士ではないし、ラースさんやギルベルトさんでもない。
でも、見たことはある。気が⋯⋯
そして、ナターリエ様に制止の声をかけたのは。
「テレーゼ様!? どうしてここに?」
「ナターリエ様。以前、ローザリンデ様と一緒にアンジュに詰め寄った時に申し上げたはずでしょう? この子は、わたくしの曾祖母の妹──先代の王妹の曾孫で、わたくしのみいとこ姫だと。
彼女を侮辱する事は、望んで親しくするわたくしをも侮辱する事。決して許さないと」
「で、でも、でもでも、彼女は私と一緒に⋯⋯」
「それは、誰の話なのかしら?」
「え?」
「貴女と夜遊びをしていたアンジュリーネ・フォルトゥナ・ランドスケイプ侯爵令嬢とは、いったい誰だったのかしら?」
「ええ?」「⋯⋯え?」
テレーゼ様が得意げな表情で、ナターリエ様を見下ろした。
思い出した。ナターリエ様を後ろから押さえているのは、テレーゼ様が私達と別行動するときに護衛なさる、ヴァルデマール家から派遣された騎士だ。
「貴女が難病に罹ったのは同情申し上げますけれど、はっきり申し上げまして、上位貴族のご令嬢が罹る病ではないと思いますし、自業自得でございましょう?」
テレーゼ様は、彼女が瘡毒に罹ったのを知っていた? だから、先ほど止めようとした? 先日の男性──フランドル伯家のモーリス様の時も?
いつ、どうやって知ったのかしら。それも気になるけれど、私が本物だと言い含めるその言い方が、私が偽者だと知っていて、敢えて私が本物だと言ったようにも感じる。
また、ナターリエ様が今まで会っていたお嬢さま(本物)が誰だったのかなどと言って、そちらが偽者のような言い方にも聴こえた。
以前、お兄さまがフランドル伯家の方に、密会していたのは妹ではないと言いきった時と同じく、真実かどうかではなく、そういうことにしようとしているのかしら。
その場合、お兄さまもテレーゼ様も、私がお嬢さまではないと知っている事になる──?
10
お気に入りに追加
4,317
あなたにおすすめの小説
三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します
冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」
結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。
私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。
そうして毎回同じように言われてきた。
逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。
だから今回は。
何を間違った?【完結済】
maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。
彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。
今真実を聞いて⋯⋯。
愚かな私の後悔の話
※作者の妄想の産物です
他サイトでも投稿しております
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
結婚式の日取りに変更はありません。
ひづき
恋愛
私の婚約者、ダニエル様。
私の専属侍女、リース。
2人が深い口付けをかわす姿を目撃した。
色々思うことはあるが、結婚式の日取りに変更はない。
2023/03/13 番外編追加
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
妖精の取り替え子として平民に転落した元王女ですが、努力チートで幸せになります。
haru.
恋愛
「今ここに、17年間偽られ続けた真実を証すッ! ここにいるアクリアーナは本物の王女ではないッ! 妖精の取り替え子によって偽られた偽物だッ!」
17年間マルヴィーア王国の第二王女として生きてきた人生を否定された。王家が主催する夜会会場で、自分の婚約者と本物の王女だと名乗る少女に……
家族とは見た目も才能も似ておらず、肩身の狭い思いをしてきたアクリアーナ。
王女から平民に身を落とす事になり、辛い人生が待ち受けていると思っていたが、王族として恥じぬように生きてきた17年間の足掻きは無駄ではなかった。
「あれ? 何だか王女でいるよりも楽しいかもしれない!」
自身の努力でチートを手に入れていたアクリアーナ。
そんな王女を秘かに想っていた騎士団の第三師団長が騎士を辞めて私を追ってきた!?
アクリアーナの知らぬ所で彼女を愛し、幸せを願う者達。
王女ではなくなった筈が染み付いた王族としての秩序で困っている民を見捨てられないアクリアーナの人生は一体どうなる!?
※ ヨーロッパの伝承にある取り替え子(チェンジリング)とは違う話となっております。
異世界の創作小説として見て頂けたら嬉しいです。
(❁ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾ペコ
花婿が差し替えられました
凛江
恋愛
伯爵令嬢アリスの結婚式当日、突然花婿が相手の弟クロードに差し替えられた。
元々結婚相手など誰でもよかったアリスにはどうでもいいが、クロードは相当不満らしい。
その不満が花嫁に向かい、初夜の晩に爆発!二人はそのまま白い結婚に突入するのだった。
ラブコメ風(?)西洋ファンタジーの予定です。
※『お転婆令嬢』と『さげわたし』読んでくださっている方、話がなかなか完結せず申し訳ありません。
ゆっくりでも完結させるつもりなので長い目で見ていただけると嬉しいです。
こちらの話は、早めに(80000字くらい?)完結させる予定です。
出来るだけ休まず突っ走りたいと思いますので、読んでいただけたら嬉しいです!
※すみません、100000字くらいになりそうです…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる