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婚約者様と私Ⅱ

128.悪友ご令嬢の訴え

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 立ち上がって駆け寄ろうとしたナターリエ様を、私の方が背は低いけれど鼻と顎を突き上げるようにして、睥睨してお嬢さまを演じて、制する。

「なんですの? いきなりいらっしゃるなんて」
「だって、貴女、別荘から戻ってからは、お茶会に出て来ないし」
「社交シーズンは、秋までお休みでしょう? ヒューゲルベルクに帰っていたのよ」
「え? 領地には行ったことがないって⋯⋯」
「ええ。それで、お兄さまがぜひ、嫁ぐまでに一度くらい領地を見ておけって、有無を言わさず、部屋のものを荷造りしちゃって、強引に連れて行かれたのよ。ま、結果、行ってよかったけれど」

 眉を顰めて、私の顔を覗き込むように見つめるナターリエ様。

「冷血漢なお兄さまとは仲が良くないと思ってたわ」
「ええ。わたくしもよ。別荘から戻った日の夕飯前には、放蕩娘が今夜は晩餐に参加するのかって嫌味を言われたし、キツい目で睨むように見られたわ」
「そ、そう⋯⋯」

 呆気にとられ、ベンチに座り直す。

 メイドが淹れたお茶を受け取り、ぼーっと私のドレスを見ながら、呆けていたけれど、ハッとして、茶器をテーブルに置く。

「そうよ! そんな事、今はどうでもいいわ!! アンジュリーネ、貴女、本当に体調不良はない!?」

 目配せを送り、メイドを屋敷の方へ下げる。
 私とナターリエ様だけになったのを確認してから話しかける。

「また、その話? 首も見せたし、なんともないと言ったでしょう?」
「首だけじゃなくて、背中や他の所も見せられる?」
「⋯⋯ここでは無理だけれど、見せてもよくてよ。何ともないのだから」
「ほ、本当に、何ともないのね?」
「ええ。先日からずっとそう言っているでしょう?」

 ブツブツと呟き、俯くナターリエ様。

「⋯⋯どうして? どうしてなの?」
「ナターリエ様?」

 なんか目が怖い⋯⋯

 そう言えば、テレーゼ様のお茶会の時、ギュンター様が亡くなったことで怖くなって、私(お嬢さま)に病変はないか訊いてきたんだった。

「なんでよっ!? あのギュンター様と寝てたアンタが平気で、私が⋯⋯っ」

 ちょっと大きな声で、侯爵邸の中で止めてくださいと言いたいけど、外でも困る。
 とにかく、興奮を静めてもらわないと。

「あ、あのね、ナターリエ様、落ち着いてください」
「なんでなのよ!? 貴女、本当に発症しなかったの? 寝てた貴女が平気で、ちょっと楽しんだだけの私が。そんなのウソよ!!」

 興奮して喚きだした。

 メイドを下げておいてよかった。
 訊かれたら、お嬢さまがただ我が儘で殿方を振り回してただけじゃなく、深い関係だったとバレちゃうわ。

 お嬢さまがギュンター様と深い仲で瘡毒が移ってない(ほんとは発症して闘病中だけど)のに、自分だけが⋯⋯ ってことは?

 ナターリエ様は、瘡毒にかかって発症したってこと?

「な、ナターリエ様、あの⋯⋯」

「ナター、リ、エ様?」

 泣いてた眼をギロリとこちらへ向け、静かに私を見つめてくる。

「どういう事? 人前ではダムをつけることはあっても、ふたりでいる時や遊び仲間といる時に敬称をつけた事なんてなかった。まして、フラウ? アンタ⋯⋯、まさか、アンジュリーネじゃないの?」

 動揺のあまり、途中から素に戻ってた!?

「ねぇ!! アンタ、アンジュリーネじゃないなら誰なの!? 似てる、確かに似てるけど、なんか違う。ねぇ!! アンタがアンジュリーネのフリをしてるってことは、やっぱり、あの子は発症したの!? まさか、もう死んだの!? それとも、王家やヒューゲルベルク公爵家の力で治してるの? もしかして、治療薬があるの!?」

 治療法もまだ確立しておらず、特効薬も未だ発明されていない瘡毒のこと、もしお嬢さまも罹患して、治療が成功したのなら、自分もと思うことだろう。
 藁にでも縋るってやつだろうか、ナターリエ様は、鬼気迫るような目をして私に掴みかかろうとした。

「お止めなさい!!」

 ナターリエ様の背後から二の腕を、ドレスが引き攣れるのも構わず摑む大きな手。金属製の籠手を装着した騎士がふたり。

 ハーフプレートメイルを着ていて、兜はないため顔は見えるのだけれど、侯爵邸の騎士ではないし、ラースさんやギルベルトさんでもない。
 でも、見たことはある。気が⋯⋯

 そして、ナターリエ様に制止の声をかけたのは。

「テレーゼ様!? どうしてここに?」
「ナターリエ様。以前、ローザリンデ様と一緒にアンジュに詰め寄った時に申し上げたはずでしょう? この子は、わたくしの曾祖母の妹──先代の王妹の曾孫で、わたくしのみいとこ姫だと。
 彼女を侮辱する事は、望んで親しくするわたくしをも侮辱する事。決して許さないと」

「で、でも、でもでも、彼女は私と一緒に⋯⋯」
「それは、誰の話なのかしら?」
「え?」
「貴女と夜遊びをしていたアンジュリーネ・フォルトゥナ・ランドスケイプ侯爵令嬢とは、いったい誰だったのかしら?」
「ええ?」「⋯⋯え?」

 テレーゼ様が得意げな表情かおで、ナターリエ様を見下ろした。

 思い出した。ナターリエ様を後ろから押さえているのは、テレーゼ様が私達と別行動するときに護衛なさる、ヴァルデマール家から派遣された騎士だ。

「貴女が難病に罹ったのは同情申し上げますけれど、はっきり申し上げまして、上位貴族のご令嬢が罹る病ではないと思いますし、自業自得でございましょう?」

 テレーゼ様は、彼女が瘡毒に罹ったのを知っていた? だから、先ほど止めようとした? 先日の男性──フランドル伯家のモーリス様の時も?

 いつ、どうやって知ったのかしら。それも気になるけれど、私が本物だと言い含めるその言い方が、私が偽者だと知っていて、敢えて私が本物だと言ったようにも感じる。
 また、ナターリエ様が今まで会っていたお嬢さま(本物)が誰だったのかなどと言って、そちらが偽者のような言い方にも聴こえた。

 以前、お兄さまがフランドル伯家の方に、密会していたのは妹ではないと言いきった時と同じく、真実かどうかではなく、そういうことにしようとしているのかしら。

 その場合、お兄さまもテレーゼ様も、私がお嬢さまではないと知っている事になる──?




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