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婚約者様と私Ⅱ

127.招かざる客

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 クリスに凭れてくったりしていると、図書室の扉がノックされる。

「お嬢さま、今、宜しいでしょうか?」
「イルゼ? どうぞ」

 ちょっとだけ、足に力が入らなくて蹌踉めいたけれどクリスの膝から降り、椅子に座り直す。

「読書のお邪魔をして申し訳ありません」
「構わなくてよ。どうしたの?」
「お嬢さまにお会いしたいと、ゾルダーデラーゲン領のデュッセルホフ侯爵令嬢ナターリエ様がお見えです」

 前触れの従騎士の若者が来て、ジェイムスさんが対応中だという。

 ナターリエ様と言えば、お嬢さまの夜遊びのお友達よね?
 お茶会を断ったし、テレーゼ様のお茶会でも何か言いたそうだった。けど、それを見て見ぬフリをして、避けて来た。

 夜会でも懇親会という名の男女入り乱れての会合や、夜街へ出て男性に奢らせる、夜遊びのパートナーだったというナターリエ様には、私が会えばさすがにバレると思ったからだ。

 避け続けた結果、ついに押しかけてきたという事ね。

「今、お屋敷の中には、クリスも、テレーゼ様もいらっしゃるし、ましてパトリツィア殿下達がいらっしゃるのに、ナターリエ様は屋敷内にはあげられないわ」
「そう仰ると思いまして、今、離れの庭の四阿にお茶の用意をさせています」

 クリスに聴こえないよう耳元で言うには、お嬢さまがナターリエ様を呼ぶときは、お嬢さまの部屋の庭から更に奥へ行った林の中に二階建ての小さな離れがあって、そこで会っていたらしい。さすがに侯爵邸に男性は呼び入れてないとのこと。(当たり前だ)

 今日は雨も降っていないし、お茶を飲みながら話すだけなら四阿で充分という事だろう。

 お嬢さまのフリをしなくてはならないだろうから、クリスには遠慮してもらう。

 書庫からサロンの前を通って庭園に出る途中で、クリスはみんなの居るサロンへ。

「クリス、お前どこに⋯⋯」
「アンジュの読書の邪魔をしてた。けど、知人が来るとかで、追い払われた」
「人聞きの悪い事を。違いますわ。女同士のお話ですから、少しの間ご遠慮くださいとお願いしただけです」
「ああ。そりゃ、ついて行こうとしたなら、クリスが悪いわな」

 皆に笑われるクリス。もちろん、悪い意味ではない。

 楽しげなみんなを横目に、庭園へ出る扉を押し開いた。

「しかし、友人? アンジュに? 誰だか訊いたか?」
「んー? 家名は忘れたけど、ナターリエとか言ったかな?」
「「ナターリエ嬢?」だと!?」

 テレーゼ様とお兄さまの目が眇められる。

「な、なんだよ。なんかヤバいのか? アンジュ、やっぱり俺も⋯⋯」

 座ったばかりのソファから立ち上がろうとするクリスを手をあげて制し、お兄さまに強めの言葉を投げかけておく。

「お兄さま? クリスについて行こうとしたならクリスが悪いと言ったその口で、お兄さまもついて行くと仰いませんわね?」

 言うつもりだったのか、グと喉を鳴らし、拳を握って中腰の姿勢のまま黙る。

 テレーゼ様も、心配そうな目でこちらを見ていたが、私は敢えて視線を外した。



 小さな離れと聞いていたけれど、二階建ての一軒家で、煉瓦を積んだ壁は可愛らしく、私が働いていた一階が店舗と厨房で二階が住居区のパン屋よりも大きく立派だ。外出できずお祖父さまの別荘へ行けないときに、機嫌を損ねたり癇癪を起こしたお嬢さまがこもる場所らしい。

 その離れの前庭の隅に、白い丸屋根のついた四阿あずまやがあって、私が着いた頃、ちょうどナターリエ様も席に着くところだった。

「アンジュリーネ!!」

 四阿の四方を囲うベンチに座りかけて、私を見つけたナターリエ様は立ち上がり呼ぶその声は、どこか切羽詰まっているように聴こえた。 




 ❈❈❈❈❈❈❈

昨日のラスト、『入念に』はちょっとおかしかったような?

じっくり、とか、しつこく、はおかしいし⋯⋯
入念に、念入りに(-"-;)

重箱読みか湯桶読みか、の違いだし


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