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婚約者様と私Ⅱ

119.可愛らしいイタズラ?

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 次からクリスとどうやって話せばいいのかなどという悩みは、あまり必要なかったことにホッとした。


 夜中に何度か起きるほど嫌な夢を見たので、テレーゼ様には御迷惑をかけたのだけど、そのため、朝食は遅めに、ベッドの上でふたり並んでゆっくり食べた。

「朝食をベッドでだなんて、初めてですわ」
「⋯⋯お行儀悪くて申し訳有りません」
「お嬢さま。違いますわ。これは、Breakfast in bed という、ブリテンの習慣です。誕生日や特別な日の朝の祝い、母の日や父の日などの労いの意を表すために、ベッドでゆったり食事していただく習慣で、最近では、新大陸やフランスでも根付いてきているそうですわ」

 メイド長のマクダレーネは、寝室まで入ってこられないジェイムスさんの代わりに、テレーゼ様の寝室まで朝食を運んで来て、メニューの説明をしてくれていた。 

 起きてすぐ、メイド達が蒸しタオルで顔を拭ってくれ、肩を冷やさないようガウンをかけてくれて、テレーゼ様と私の前に、食事を乗せたトレーを出してくれた。

 ベッドの上なので、手軽に食べられるものばかりだ。
 野菜や蒸し鶏がたっぷり挟まれたサンドイッチや、スプーンですくって食べられるチップドサラダ、スクランブルエッグなど。ゆで玉子が定番の王都ではあまり朝食に出ないので、テレーゼ様は楽しそうだった。


 その後、身仕度をして食後のお茶のために、サロンへ行くと、パトリツィア殿下姉弟、お兄さま、お母さまがすでにゆっくりされていた。

 壁際に、メイドが数人立ち、そこにお兄さまいわく凸凹コンビのラースさんとギルベルトさんが立っている。
 あのふたりがいると言うことは、もちろん、お兄さまの向かい側に、クリスも座っていた。

 ニコッと、子供の頃の印象を残した笑顔で片手をあげるクリスは、隣に座れと促してくる。

 無視する訳にもいかず、テレーゼ様と近づき端からクリス、私、テレーゼ様の順でソファに座る。

「おはよう。よく眠れた?」
「おはようございます。朝食を皆さまと摂れなくて申し訳有りません。昨夜は少し寝づらくて、テレーゼ様と夜更かししてしまいました」

 そういうことにしようと、テレーゼ様から事前に言っていただいていたので、スラスラと言える。

「テレーゼ様とずいぶん仲良くなったんだね」
「ええ。とてもよくしてもらってますわ」
「ふふふ。アーデルハイト様の、心の友の座を狙ってますの」

 テレーゼ様が冗談でそう言うと、クリスの頰がピクリと引き攣る。

「それは、聞き捨てならないな? 妹の座を脅かすおつもりか」
「ええ。でも、心の友の指定席はひとりだけという事でもないでしょう?」
「⋯⋯まぁ、そうですが」

 クリスとテレーゼ様は、いつも仲良しなのに緊張感あるやりとりで、やっぱり仲よさそうである。

「わたくしも入れて欲しいぞぇ」

 お兄さまの隣にぴったりくっついて座っていたパトリツィア殿下が手を上げる。

「お姉さま、心の友というものは、なりたいとかならせてくれと言ってなるものではありません。信用に足る経緯があって、心から信頼していただく努力が必要です」
「ぬ⋯⋯ そうか。そうだな。ここに居る間に、信頼を勝ち取ることとしよう」


 クリスは、今までと変わらない態度で、顔を合わせたらどうしたら、などと悩んでいたのが莫迦みたいだった。少し肩の力も抜ける。


 けど、それは、表面だけのことだと思い知る。


 クリスは、お兄さまの目を盗んで、小さな愛情表現を仕掛けてきた。

 ソファに置いた手に、温かくて大きな手をそっと重ねてきたり、誰もこちらを見ていないときに頰に口づけたり、髪を一筋すくって指に絡めてもてあそんでみたり。


 ──おっ、お嬢さまーっ!! 今すぐ代わってくださいぃぃ


 真っ赤になるなと言うのが無理な話で。
 真っ赤になって俯くと、それがまた、クリスのツボに入るらしい。嬉しそうに、髪で遊んでくる。

「アンジュ、どうかしたのか?」

 お兄さまは、生憎あいにく、その現場ヽヽを見ていない。

 気配に敏い騎士らしく、お兄さまがこちらを向きそうな時は、ちゃんと私をイジるのを止める。
 お兄さまがパトリツィア殿下の言葉に応じて向き直ると、また、遊んでくる。

 まわりの女性陣──昨夜話したので知っているテレーゼ様と、パトリツィア殿下とお母さまは、クリスが私に触れて楽しむのに気づいたけれど、知らないフリをした。気づいた瞬間以降、気づいている素振りすら見せないのは凄いと感心したけれど、そうじゃなくて助けて欲しい。

「あら、本当に嫌そうにしていたら、テオドール様に気づかれない内にお止めいたしますわ。でも、恥ずかしいとか居たたまれないとかでは、そんなに嫌そうに感じないので、そのまま仲よくしていただいてますの」

 ほほほと笑うテレーゼ様。意地悪ではなく、本気で、仲良さそうだから止めなくてもいいと思っているらしい。

 お兄さまが王都にいる間にと、例の果物とケーキのお店のことで執事達と席を外すと、クリスは隠そうとすることすらしなくなった。

「クリス、あの、皆さまが⋯⋯」
「でも、さっきから気づいてたのに止めようとする素振りもなかったから、度を超さなきゃいいのかなって」
「もちろんよ。わたくしが若い頃、ヴィルヘルム様がもっと若くて積極的ならこうだったでしょうと思って、微笑ましく見せていただいてますわ」
「お母さま!?」
「いいじゃないの。前にも言ったけれど、婚約者で、昔馴染み同士。婚姻契約書の上ではすでに夫婦なのですから、睦まじく過ごすのは悪いことではないと、わたくしは思ってますよ」

 お母さまは、本当に、私がお嬢さまではないと気づいてないのだろうか?
 娘の婚約者が、替え玉と仲よくして、気分悪くなるとか怒りを覚えるとかないのかしら。

 お母さまの許しを得たと思ったのか、クリスは、ここからは、お兄さまの目がなければ、遠慮しなくなった。

 私の精神力が、クリスの可愛らしいけど恥ずかしい愛情表現のイタズラに耐えられる限界値は近いと思った──




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