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婚約者様と私Ⅱ

117.ふたりで過ごす時間

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 時々子供の頃の思い出を話したりするのはともかく、ハインスベルクに嫁いだらふたりでどういう暮らしがしたいかとかも少し話したりするけど、本当ならお嬢さまと話し合うべきこと。
 だけど、身代わりだと知らないクリスは、私をお嬢さまだと信じて、私の希望を訊いてくれる。

 私なら、本を読んだり自然区を散策したり出来たら、それがクリスと一緒なら尚、それだけで楽しく暮らしていけるけれど、お嬢さまはどうだろうか。

「自然区はね、一種の国有地の自然公園みたいなもので、自然環境を保護しようって目的のものだから、立ち入れる場所と、決められた場所から眺めるだけの場所、まったく近寄ることを禁止されたところがあるんだ」

 ハインスベルクに限らず帝国内は、南のシュヴィーツやオーストリアなんかのアルプス山脈ほど高い山はない。
 けど1年を通してそんなに気温も上がらず、森の深い辺りは涼しくて、冬は厳しい。

 人が立ち入れない山の方なら、まだエーデルワイスは見られるんじゃないかと思っているそうで。

「まあ、標高はあっちの比じゃないけど、涼しくて石灰岩地帯があれば、見つけられると思うんだ」
「エーデルワイスを探すなら、まずアルペンアスターを探すといいのよ。好む土壌や気候が似てるんですって。逆に、アルペンアスターの咲かない土地にはエーデルワイスは自生してないそうよ」
「さすが。調べたと言うだけあるね、頼もしいよ」

 にこにこと笑顔を見せるクリス。

 ⋯⋯それはいいのだけれど、そろそろ、おろしてくれないかしら?


 話にも読書にも集中できない理由。

 それは、この会話をするのもクリスの膝の上だから。
 視線を合わせて話すのも顔が近いし、膝の上の私は、ドレスや髪飾りなども含め、重くないのかと気になるし、腿裏から伝わる温かさも気になる。

「あ、あの、そろそろお兄さま達もお戻りになるだろうし、晩餐の用意もしなきゃだし」
「もうそんな時間か。時間が経つのは早いな」
「ですから、そろそろおりても」

 何度か話の切れ目でクリスの膝からおりようとはしたのだけど、腰のあたりを一周して組まれているクリスの手が離れず、ずっとおりるのは失敗している。
 
 私達が二人きりで話していることに気を利かせたジェイムスさんは、サンドイッチと飲み物を置いて、昼間もずっとそっとしていてくれた。
 イルゼさんも、昼食のトレーを下げに来たのとお茶の時間におやつと紅茶を持って来てくれた以外、完全放置だった。図書室の閲覧室の隅に控えることすらしない。
 イルゼさんはもちろん、ジェイムスさんも家政婦長も、私が身代わりの別人だって知ってるはずなのに、邪魔はしませんからごゆっくりってどういう事!?

「まだ陽は落ちてないし、テオ達が戻ってからでも、晩餐の準備は間に合うだろう?」

 いえいえ、日の入りはこの時期は22時前、夕暮れは22時をまわりますわ。サマータイ ※(後書き参照) ムですから!!

 大きな赤ん坊だったの?と言ってもそうかもなんて笑って、小さな子が甘えるように、身を寄せて離してくれないクリス。

 お嬢さまも、素直に甘えていれば、きっとクリスはこうやって応えてくれただろうに。
 それとも、私という、同一人物と思われるのに実は別人の昔馴染みがいるから、却ってややこしいことになっていたのかしら。

 今日は、お兄さまが居ないからか、いつになく距離が近く、生え際や首筋などに触れたりイタズラまでしてくる。

 確認した訳じゃないけれど、私には親しい男性はいたことがなかったから確信はないけれど、お嬢さまの言う、男性との恋の駆け引きや楽しく過ごすというのには、こう言う密着した会話も入っているのだろう。と思う。

 クリスは、お嬢さまの言う、お堅くてつまらない、男女の親しげなやりとりも出来ない『清廉潔白で頑固生真面目な騎士』ではなかった。

 じっと、長く見ていても飽きない、萌葱色の優しい瞳。
 柔らかくてクセの少ない綺麗な金髪。直系の後継が途絶える時に、国境地帯の国ゆえに領土を狙う有力貴族から王族や選帝侯の血筋までもが多く入り交じっているのに、くすむことなく見事な金髪なのは、ハイジも同じだ。

 視線が合って逸らすタイミングを逃し、恥ずかしいけれどその綺麗な瞳を見ていると、少しづつクリスが近くなってくるような?

 ふわっ と何かが触れた気がした。

 クリスの目が大きく見開かれる。

「え?」

 今の、何? 何か、柔らかい感触が、唇に触れたような気がしたけど気のせい、じゃな⋯⋯

 ビックリ目だったクリスの目が優しく笑みに細められ、私の腰を捕らえていた両手の背にまわっていた方に力がこもり、ただでさえ肩が密着した状態なのに、更に隙間が埋まる。
 お腹から背の方にまわっていたクリスの腕は外されて、降ろしてくれるのかしらと、上体を傾けようとした時、外された手は私の頰に添えられる。

「クリ⋯⋯」

 その名を呼ぶことも、膝からなかなか降ろしてくれない事への抗議も続けることは出来なかった。


 最初は柔らかくそっと触れるだけ。幾度も繰り返される内に、次第にしっかりと重ねられるようになっていく。

 これって、あれよね? え? いいの?





 ❈❈❈❈❈❈❈

筆者の作品はどれも、基本縦組み読みを想定して書いておりますが、この注釈あと書きは、横組でご覧ください

 夜明🌅  日出🌄  南中☀  日入🌇  夕暮🌆
東京(八王子市)
  4:02   4:31   11:47   19:03   19:32
兵庫(川西市)
  4:40   4:49   12:02   19:16   19:45
ハインスベルク
  4:40   5:26   13:40   21:53   22:39
デュッセルドルフ
  4:37   5:23   13:37   21:51   22:37
帝都ベルリン
  4:00   4:49   13:11   21:32   22:21


ちなみに、東京はワイドショーの雪や猛暑日のニュースでよく見る八王子市、兵庫は我が町川西市
ハインスベルク、デュッセルドルフ、帝都ベルリンは、細かく座標指定はなしで検索しました

サマータイムとはいえ、夕暮れが夜の10時半まで続くとは⋯⋯



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