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ブラウヴァルトの氏族と私

100.人気のトルテショップ

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「テオドール殿。あれは、何かぇ? 人がたくさん並んでる」
「ああ。今人気のケーキ屋です。フランス風のふわふわした菓子ではなく、どっしりしたトルテながら、飾り切りした果物やミニチュアのようなマジパンが愛らしいと、女の子に人気なんですよ。飾りの果物は、うちの領地ヒューゲルベルクで採れた新鮮なものを足の速い荷馬車を使って届けさせています」
「ゲルマン風のトルテに、愛らしい飾りとな? 食べたい! わたくしも食べたいぞぇ」
「ちゃんと並んで待てますか?」
「待つ! テオドール殿。共に並んで付き合ってくれるかぇ?」

 ⋯⋯⋯⋯なんと言っていいか。もはや、街の視察勉強会と言うより、お兄さまとパトリツィア殿下のデートにしか見えない。

 偶然にも、お兄さまが始めた事業、果物をもっと美味しそうに食べるというコンセプトで、果物の飾り切りを使ったトルテを出す喫茶店が、殿下の目に留まったらしい。

 街の女の子が何人か並んでいて、目立つと言えば目立つ。

 お兄さまの手を握ってひいて歩くパトリツィア殿下は、とても楽しそう。

 少し離れた場所で、パトリツィア殿下の年の近い叔母さまと家庭教師、私服姿のヒューゲルベルクの国境警備騎士が、こちらを見守っている。

 私達がヒューゲルベルクから王都へ帰る間、護衛のためにお祖父さまが派遣してくださった騎士達の全てを、お兄さまは私服姿で全員護衛として連れて来た。
 もちろん、騎士達も快く請け負ってくれて、勤務内容外だとか、子供のお守りだとか、文句を言う人は居なかった。

「わたくし達も並ばないといけないのかしら?」

 パトリツィア殿下の引率者として同行されている叔母さまが、おっとりと誰に訊くでもなく呟いた。

「奥様。あの列に横入りすれば、民に横暴な貴族だと罵られることになります。ここは、ルールに則って、並ぶしかありませんわ」

 諦めたように、家庭教師と共に、列に加わりに行くご婦人方に、私とハイジ、テレーゼ様もついていく。

 十分ほど並んだ頃。

「これって、トルテを楽しむだけではなく、会話が弾んで席が中々空かないのではないでしょうか?」

 テレーゼ様が小首を傾げてひと言。

「でも、わたくしは、今並ばねば、次はいつ食べる機会に恵まれるかわからぬのだ、夜までになろうとも並ぶぞぇ」

 お兄さまの腕にぶら下がるように頼って立っているパトリツィア殿下。
 今日は、この辺りでも気温が上がり、普段から外出になれていない姫君にはさぞかしお辛いだろうに。

 お兄さまが騎士のひとりに何かを命じると、どこからともなく大きな日傘を数本調達してきて、並んでいる女性客を数人ごとに日傘で直射日光からまもられた。
 しばらくして、店員が出て来て、店の軒先から天幕を張って、庇を作る。

「こんなに長時間並んでいる人が居るとは思わなかった。これからは、天候に拘わらず、椅子を数脚置いて、庇を作るように」

 お兄さまの指示で、順番待ちのお客さまが少し待ちやすいよう改善された。

「というか、オーナー、なんでこんな所で並んでるんです? 裏から入って、奥の個室を使えばいいじゃないですか。レディを立たせちゃダメでしょう? こちらのお嬢さまなんか、倒れそうですよ」

 一般客用の店先のテーブル席ではなく、奥に、予約制の個室があるという。

「いや、あくまでお忍びというか、オーナーとして視察に来た訳じゃないから⋯⋯ でも、パトリツィア様は、限界かな」

 他を回る時間もあるしと言うことで、結局、パトリツィア殿下や引率の叔母さま、家庭教師、ハイジ、テレーゼ様も連れて、裏手へ回ることに。

 皆さんクタクタのご様子で、通された個室の席に着く。
 平気だったのは、男のお兄さまと、パン屋で立ち仕事に慣れている私と、女騎士に交じって身体を動かすこともあるというハイジのみ。

 メニューを見ながら目を輝かせるパトリツィア殿下の前に、一通りのトルテが並んでいく。




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