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テレーゼ様と私
74.シュテファン・リステアード・ラインラント辺境伯嫡男
しおりを挟む「でも、まあ、なんだ。よかったな」
「何が?」
クリスを見て嬉しそうな笑顔の公爵さまと、むくれっつらのクリス。
「わたしの誕生日の贈り物は、喜んでもらえたようだからね」
「何年前の話だ」
「贈り物?」
「2年前。本来なら社交デビューをしてるはずだけど、そういう堅苦しいのが面倒くさいのと騎士としての鍛練が忙しかったしでまわりも言い出さないのをいいことにほっといたら、急に言い出すんだよ「お前もこの夏で十六、もう一人前だ。いいものを用意したから、隣へ行くぞ」って」
それで、このヒューゲルベルクに来て、お兄さまを紹介されて、羊肉や羊毛とこの地の野菜や果物と交換貿易の交渉を任されたという。
いずれはハインスベルク領の総括を任される事になるのだから、大人と認めてもらえたことは素直に喜んだという。
更に、王都へ連れていかれて、「少し早いが、誕生日の贈り物だ」と言って紹介されたのが、お嬢さま──アンジュリーネだった。
長年、次に合う約束をしなかったことをハイジに詰られながらも探し続けていたのに、こんな突然、父親から「十六歳おめでとう。一人前の証として、婚約者を用意した」なんて言われて、その探し人が出て来た事に驚いた。
しかも、ありがちな令嬢になっていて、自分の事は憶えてなかったのが、更にショックだったらしい。
自分達兄妹は、アンジュの本名も家名も知らずに探し続けていたのに、当の本人は涼しげに知らぬ顔なのだから。
「俺が自分で見つけたかったのに」
「まあそう言うな。お前が、王都でミレーニア・ランドスケイプ侯爵夫人にアンジュ嬢の事を訊ねたからこそ、それを見ていた侯爵が、確認のためにわたしに声をかけて来たのだ。お前が、自分で見つけたようなものだろう?」
そうか。偶然、お嬢さまの婚約者がクリスだった訳じゃなくて、クリスが、ミレーニアお母さまを母だと思い込んで声をかけたから、お父さまと公爵の間で話が通っての事なんだ。
「それでも、自分で見つけたぞって声をかけたかった。ハイジだって、令嬢達の集まるお茶会でさんざん探したのに、見つからなかったんだからな」
「わたくしは、ずっとお屋敷の中で、外には行きませんでしたから」
「深窓の令嬢にはよくある話だ。嫁ぎ先を親が決めている場合が殆どだが、お前は運が良かったな」
そう。上位貴族ほど政略結婚として嫁ぎ先を親が決めている場合が多く、淑女学校や貴族学校に通わせたりしないものだ。
お嬢さまは、偶々、嫁ぎ先を決められていなかったから実現した話なのね。
「鍛練大好きクリスが、友好国まわりも終わったのに中々領地に戻ってこない理由が婚約者だとはね」
淡い金茶の髪にロイヤルブルーの瞳、クリスよりも背も高く胸も厚く腕も太い男性。
歳はお兄さまと同じくらいかしら。
ギルベルトさんのように岩のような大男という事はなく、良く鍛え上げられた騎士らしい人だ。
「クリス」と愛称で呼んでるからには、同等の身分かそれ以上か、血縁などの身内?
「シュテファン? なんで居るんだ?」
「ルドルフ殿が単騎で出掛けるって言うから、さすがに一人では行かせられないだろ? 偶々ハインスベルクに居たからね、護衛でついて来たんだ」
「そっちこそ、護衛なしで出掛けてんじゃないよ。父さんよかよっぽど、重いだろ」
「変わんないよ。お父上だって、うちの父さんと同じ選帝侯の後継者だろ。むしろ僕よりも重要人物じゃないか?」
クリスの身内で、シュテファンと呼ばれる二十歳前後の青年といえば、お従兄君のシュテファン・リステアード・フォン・デム・ヴィッテルスバッハ・ツー・ラインラント辺境伯の嫡男の事だろうか。
クリスは、ハインスベルク区領邦国主の公爵さまよりも、ライン川沿い一帯総てを守護・隣接する他国との政治的な対応や領地を繁栄させる責務を負う辺境伯の後継者であるシュテファンさまが、優先順位が高いと言っているのだろう。
「僕としては、クリスの「天使」に会ってみたかったんだよね。そちらの、萌葱色のドレスの子がクリスの天使? 薔薇色のドレスの綺麗な子はお姉さんかな?」
爽やかに微笑みこちらを見るけれど、その厭味のない整った顔立ちや笑顔とは裏腹に、私を観察する眼は鋭く、何かを探り出そうとしているかのようだった。
噂と実物の、クリスへの態度の違いに、私が偽者だと疑っている?
クリスに相応しい相手か、見極めようとしている?
私より数歩下がった位置で、やりとりを見ていたテレーゼ様が、僅かに震える手で、私の萌葱色のドレスの袖を摑んだ。
身分が上の方に、こちらから先に声をかける事は出来ない。
また、男性側も、女性の身内に紹介されぬ内に、勝手に声をかけることも許されない。
「あ、ああ、そう、そうそう。ごめん。紹介してなかった。
お察しの通り、萌葱色のクライナーエンゲルのドレスが婚約者のアンジュで、隣の薔薇色のドレスの女性は、アンジュの従堂妹姫のテレーゼ嬢だ」
「初にお目にかかります、アンジュリーネ・フォルトゥナ・フォン・デム・ランドスケイプ・ツー・ヒューゲルベルク侯爵令嬢でございます。ラインラント辺境伯ご子息様にはご機嫌麗しゅう」
「ご紹介に与りました、テレーゼ・アディーレ・フォン・デム・ヴァルデマール・ツー・エーデルハウプトシュタット公爵令嬢にございます。
よろしくお見知りおきくださいませ」
同じ女の私も見惚れるほど綺麗なカーテシーを見せ、テレーゼ様は、花も恥じらうような笑顔で挨拶をやってのけた。
❈❈❈❈❈❈❈
この物語はフィクションでございます
ラインラント(ライン川左岸一帯)のオランダ、ベルギー、ルクセンブルク、フランスなどとの国境地帯をカバーしている設定ですが、
実在のプファルツ辺境伯とは関係ありませんので、ヴィッテルスバッハ家に、シュテファン・リステアードなんて人が居たかとかライン宮中伯やバイエルン大公(選帝侯)を継いだのかなどは、確認しないでくださいませ(;*^^)
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