上 下
73 / 143
テレーゼ様と私

73.ルドルフ・ルードヴィヒ・フォン・デム・エルラップネス公爵

しおりを挟む
ルドルフ・ルードヴィヒ・フォン・デム・エルラップネス公爵

「え? あ? 父さ⋯⋯ 父上? なんでここに?」
「隣の王族の舞踏会に招待されて行ったっきりひと月も帰ってこない不良息子を迎えに、かな? ここに居るとラースから聞いて来た」

 クリスの背後から現れたのは、クリスより肉厚な身体と凛々しい眉が印象的な、白っぽく焼けた金髪と日に焼けて元の白い肌は見られない、四十歳に届かないくらいの男性。
 低めだけど伸びやかな声がまた、男性──公爵さまの魅力を向上させていると思える。

「ちょ、アンジュ? ええ? まさかああいうのが好みだったりするの?」
「え?」

 どこからそんな発想が? しかも、ご自身のお父上をあんなのと仰るなんて。

「何か言いたげな目で公爵閣下を見つめる表情がね、そんな感じだったんだけど、お兄さまにもちゃんと説明して?」
「え? まさか。奥様もいらっしゃる方によこしまな感情など持ちませんわ。まして、親子ほど歳も離れて⋯⋯」
「貴族には、親子ほど年の違う夫婦はけっこう居るよね。そして、その答えはアウスaus(OUT)。それじゃ、年が近くて奥方がいなかったらお願いしますって聴こえる」
「ええ? どう言えばいいの?」

「まったく、品のない。年端もいかない小娘が、小国とはいえ一国の主に色目を使うなどはしたないにも程があります。ミレーニアはどんな教育をしていたのでしょう」
「母上は関係ありません。それに、俺達流の言葉のやりとりの遊びで、本気で思ってる訳じゃありません」

 お兄さまとクリスの言葉遊びは、私も半分本気かなと思ったけど、それは置いといて、お祖母さまがお兄さまの前でお母さまを悪く言うのは、人としても祖母としてもよくないと思う。

「申し訳ありません、お祖母さま」
「お前に祖母と呼ばれたくはありませんね」
「失礼致しました。テレージア・ランドスケイプ公爵夫人。わたくしが未熟なのはわたくし自身の問題です。すでに社交デビューも済ませた身。己の非は己の責任です。母は関係ありません。子の前で親を祖母が悪く言うのは、事実虚偽どちらにしても良くありません。お兄さ⋯⋯テオドール様に謝罪を」
「⋯⋯!!」

 お祖母さまは下唇を噛んでドレスの一部を握り締め、怒りか屈辱か、小さく震えている。
 けど、お兄さまに良くないというのは理解したのか、
「こんなでも、兄や親を思うくらいはするようですね。先ほどの言葉は取り消します。ですが、この先もこの娘の行動が目に余るようなら、再教育できるまでこの城の塔なり離れなりに軟禁しますからね」
と言い残し、クリスのお父さまに一礼だけして屋敷に入ってしまった。

「え⋯⋯と、一応、先触れは出したのだけど」
「ええ。家令から聞いておりますよ。ようこそお越しくださいました、エルラップネス公爵閣下」

 お祖父さまがにこやかに微笑んで前に進み出て、頭を下げようとするのを公爵が押し留めて、握手を交わす。

「息子の妻となる女性のお祖父さまです。公式な場ではないのですから、親戚付き合いでいきましょう。無骨な騎士の集団の頭などをしておりますせいか、こういった畏まったやりとりは苦手でしてな」
「まだ嫁には出しておりませんが親戚付き合いと言ってくださる。ありがたいことです」
「いえいえ。婚姻契約は済んでおりますから同じ事でしょう。来年のお嬢さまの人を待っているだけですから」
「そうですか。それまでに、そちらに送るに足る教養を身につけさせねばなりませんなぁ」

 ははは

 お祖父さまとクリスのお父さまはとても和気藹々と話されているけれど、本来の序列でいけば、向こうがずっと上なのよね。


「久し振りだな、アンジュ嬢。息災であったか?」
「はい。お久し振りでございます。ルドルフ・Rudolf(栄光の狼)強力なリーダールートヴィヒLudwig(高名な戦士の意味)・フォン・デム・エルラップネス公爵閣下グロースフュルスト
「初めて会った時は名乗らなかったし、君も訊かなかったが、知っていたのか? 婚約締結時にはもう知っていたようだったが」
「いいえ。当時、後に母から聞かされました。堅牢な城壁のように力強く頼もしい紳士はどなただったかと気になっておりましたので」

 嘘ではないが、母には諸侯の公爵ではなく帝国直轄の公爵を狙えと言われたのは、人には言えることではない。帝国宮中には正式な貴族と認められない小国の官僚子爵ごときが畏れ多いというか恥知らずな言葉だ。

「城壁のような、か?」
「子供の目には、岩壁のように大きな力強い戦士のような大人に見えましたので」
「確かに、六歳の少女には大きく見えたんだろうがね。一応騎士団を総括する騎士ではあるが、実際にはこんなただのおじさんだよ」
「いいえ。きちんと鍛練を欠かさない鋼のような戦士に見えますわ。ただの軍人いくさびとではなく、礼儀も教養も兼ね備えた紳士で、小娘が憧れるのも恥ずかしいほどの偉丈夫ぶりですわ」
「そんなに誉められると照れるな。まあ、わたしの息子も、その内身体が出来てくると思うから、待ってやってくれ」
「まさか、今のままでも充分、素敵に成長されています。わたくしよりも美少女だった頃とは別人のように⋯⋯」
「え? アンジュ、なにそれ。初めて聞く話だけど」

 公爵さまは、お嬢さまと私が同一人物だと信じているみたいだし、別人だと知らせずに矛盾を解くことも難しいので、お嬢さまの目の付け方に近い自然な感じに挨拶できたかと思ったけど、やっぱり不自然だったかしら。

「あの頃は、ハイジも勿論輝くような美少女だったけれど、あなたは私も恥じるような美少女ぶりだったわ。クラヴァットを締めてブリーチにゲートルをしていなかったら、女の子と思うくらい、可愛らしかったでしょう? 声も高かったし」
「こっ子供の頃は、男だって声は高いもんだろう。母上に似たんだから、多少中性的な印象はあったかもだけど、女の子と間違うか?」
「あの頃のクリスは、男子にモテてたと思うがな?」
「父上!?」

 美少女姉妹だと思われて、将来婚約を視野に家同士の付き合いの打診もあったから、可愛かったのにお揃いの服装を止めて、アーデルハイトにはクライナーエンゲルのドレスを、クリスには紳士服を着せることにしたと笑う公爵さまに、クリスは真っ赤になって何も言い返せなかった。






 ❈❈❈❈❈❈❈

※成人年齢

中世ドイツの成人年齢は、15歳で社交デビューするものの、
成人として認められる年齢は
12世紀以前は12~14歳
14世紀頃から現代まで21歳となっているようです(18歳に変わるようですが)

幼児は6~7歳まで
子供は12歳くらいから最低でも18歳までは成熟期として貴族男子は騎士教育を受けたらしく、法的に行為責任能力が全権において認められる成人は21歳だと、ザクセンシュピーゲル(神聖ローマ帝国時代のドイツ法典)に見られます

9世紀以降のゲルマン慣習法には、成熟者(成人)年齢は24歳とラテン語で書かれてるそうな

別の資料には、選帝侯を継承できるのは、法的には18歳からで、それでも21歳になるまでは後見人が必要だともありました

また、財産は女子が受け継ぐという時代があって(戦争や疫病なんかですぐ男子は亡くなるからですかね? 平安時代の日本と同じですね)
残された財産や領地、爵位などを受け継ぐ為に、誘拐婚姻が横行した時代もあって、フランスなどでは成人年齢は25歳とされていた時期もあったそうです

(婚姻可能な年齢は女子14歳、男子16歳だけど、保護責任者の承認が必要)掠って強制的に既成事実を作ったり、夫婦として洗脳したり⋯⋯を防ぐためだとか

調べれば調べるほど、なんだかなぁ(*-゙-)


※ブリーチ
  鹿革の乗馬ズボンのようなキュロット風のデザインのはきもの。
 裾をゲートル(脚絆きゃはん)で足首に締めて穿いた。

しおりを挟む
感想 234

あなたにおすすめの小説

三回目の人生も「君を愛することはない」と言われたので、今度は私も拒否します

冬野月子
恋愛
「君を愛することは、決してない」 結婚式を挙げたその夜、夫は私にそう告げた。 私には過去二回、別の人生を生きた記憶がある。 そうして毎回同じように言われてきた。 逃げた一回目、我慢した二回目。いずれも上手くいかなかった。 だから今回は。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

婚約「解消」ではなく「破棄」ですか? いいでしょう、お受けしますよ?

ピコっぴ
恋愛
7歳の時から婚姻契約にある我が婚約者は、どんな努力をしても私に全く関心を見せなかった。 13歳の時、寄り添った夫婦になる事を諦めた。夜会のエスコートすらしてくれなくなったから。 16歳の現在、シャンパンゴールドの人形のような可愛らしい令嬢を伴って夜会に現れ、婚約破棄すると宣う婚約者。 そちらが歩み寄ろうともせず、無視を決め込んだ挙句に、王命での婚姻契約を一方的に「破棄」ですか? ただ素直に「解消」すればいいものを⋯⋯ 婚約者との関係を諦めていた私はともかく、まわりが怒り心頭、許してはくれないようです。 恋愛らしい恋愛小説が上手く書けず、試行錯誤中なのですが、一話あたり短めにしてあるので、サクッと読めるはず? デス🙇

【完結】今世も裏切られるのはごめんなので、最愛のあなたはもう要らない

曽根原ツタ
恋愛
隣国との戦時中に国王が病死し、王位継承権を持つ男子がひとりもいなかったため、若い王女エトワールは女王となった。だが── 「俺は彼女を愛している。彼女は俺の子を身篭った」 戦場から帰還した愛する夫の隣には、別の女性が立っていた。さらに彼は、王座を奪うために女王暗殺を企てる。 そして。夫に剣で胸を貫かれて死んだエトワールが次に目が覚めたとき、彼と出会った日に戻っていて……? ──二度目の人生、私を裏切ったあなたを絶対に愛しません。 ★小説家になろうさまでも公開中

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。

あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。 「君の為の時間は取れない」と。 それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。 そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。 旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。 あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。 そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。 ※35〜37話くらいで終わります。

処理中です...