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テレーゼ様と私

70.ランドスケイプ家の祖母テレージア

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 ヒューゲルベルクの田園地帯から都市部を抜けて、クリスの国の自然地区と隣接しているらしい森のそばの、小高い丘の上に、ランドスケイプ家の屋敷はあった。

 周りを風致林に囲まれた、木々に隠れるように建つ屋敷は、伝統的な工法の、リーベスヴイッセン公爵家の居城のような立派な建物だった。

「400年くらい昔だったか、ハインスベルクがネーデルラント・フランス軍に割譲されちまった時に、うちが次の砦になったんだ。ハインスベルクとの国境付近へ行くと、当時の城壁が残ってるよ。ヒーナ(中国)の長城ほど立派なもんじゃないけどな」


「テオドール! 今回は随分と長く王都にいたのですね? 優れた領主になる勉強はまだまだ始まったばかりですよ? ふらふらしている時間などありません。早く屋敷に入りなさい」

 荷馬車と共に屋敷の停車場に着くと、玄関からやや神経質そうな声が飛んできた。
 戻って一番の挨拶がこれとは、本宅の方々は厳しいのかもしれない。

「げ、ばーさまか⋯⋯」

 お兄さまが舌打ちする。こんなお行儀の悪い事もするのね。

 テレーゼ様の手を取って、降りるのを手伝うと、お祖母さまの方に向き直り、紹介する。

「母や妹と最近親しくしていただいてるヴァルデマール公爵家のテレーゼ様だ。コンラート、失礼のないように頼むよ。
 そっちは、アンジュの婚約者のクリストファー・エルラップネス公爵家嫡男だ」フュルスト・ハナフォルガー 

 お兄さまにコンラートと呼ばれた、迎えに出て来ていた執事は、顔色が失せていく。

「ご心配なく。私がいる間は、粗相などさせませんから」

 ジェイムズさんが請け負って澄まし顔をすると、お祖母さまがこちらに向き直る。

「ジェイムス! 貴男もいつまでヴィルヘルムの面倒を見ているのですか? 貴男の主人は誰なのです?」
「大旦那様にございます。私めは、大旦那様の命にて、王都でお国のために働かれている旦那様のお手伝いをさせていただいております」

 あれ? ジェイムスさん、当主夫人に対して、何かある? らしくない態度だと思う。

 でも、お祖母さまは眉を顰めるだけで何も言わないし、お兄さまも知らん顔をしている。
 テレーゼ様の前だからかもしれないけれど、反応が薄いと言うことは、いつもこうなのかしら? それとも、何か理由がある?

 少し緊張している風のコンラートさんに屋敷へ案内される。

「お前は、アンジュリーネですか? テオドール。なぜ、この娘を連れて来たのです?」

 「なぜ」? 孫が本宅に戻ることに問題があるの?

 お祖母さまには、歓迎されていないようだった。
 私が歓迎されていないのは仕方ないと錯覚しそうになるけれど、お祖母さまは入れ替わりを知らないはず。

「何か問題でも? お祖母さま。ランドスケイプ家の娘が、領地の本宅に帰宅して何が問題だと? 初めて会う孫ヽヽヽヽヽヽなんですから、もっとよく顔を見て、何か温かい言葉をかけてあげるのが普通なのでは?」

 は、初めて? アンジュリーネお嬢さまとお祖母さまには面識がない? 孫の顔を知らないなんて事、あるの?

「お産の時に立ち会ってますよ。この家で出産したのですからね。ヴィルヘルムと王都に行くまでの間、半年もここに居たのですから、初めてではありませんよ」
「物心着く前に離れて暮らして、一度もこちらに戻ったことがないのですから、アンジュリーネにしたら、初対面でしょう」
「は、初にお目にかかりますアンジ⋯⋯」
「⋯⋯どこに出しても恥ずかしくない娘になってから出直してらっしゃいな。一応、来てしまったからには屋敷には入れますが、礼儀が欠けた態度を取るようなら、即刻!王都に送り返しますからね」

 かなり強い語調で、きっぱりと私の挨拶を遮るように言い切ると、きびすを返してさっさと屋敷に入ってしまった。

 これにはさすがのテレーゼ様も驚いたようで、見開いた目でお祖母さまを追うことしか出来なかった。

「随分と厳しい方なのね?」
「そのようですわ。わたくしが至らないせいで、お兄さまにも嫌な思いをさせてしまいました」
「そんな事はない。お前がどんな人間なのか見極めもしない内から、噂や感情だけで決めつけてあんな態度を取る方が、礼儀がなってないと言いたいね。民間でも貴族でも王家でも、嫁と姑ってやつは中々上手くいかないもんだが、孫に当たることはないだろうにな」

 あんなに素敵で完璧なお母さまでも、お姑さんには好かれないの?

「どんな嫁でも、よそから来た嫁というだけで跡取り息子を自分から奪い取る女狐だって思うんだろ。仲よく共有すればいいのに。嫁をもらったからって、息子じゃなくなる訳じゃなかろうに」
 
 そういう感じではなく、私(お嬢さま)が嫌われていたように思えたけれど。

「今、最悪の状態なら、これ以上嫌われる事はないと思って、貴女のよいところを見せれば、意見を変えられるかもしれなくてよ。頑張りましょう? わたくしやクリストファー様がいるのだから、そう酷いことにはならないでしょう?」

 他人の眼のある場では、堂々と罵ったり体罰を与えたりはしないだろうという意見には賛成するけれど。プライドも高そうだし。
 でも、あまり気乗りはしない。お嬢さまの為に関係改善を図るたびに、ボロが出そうになったり、違和感が大きくなる。入れ替わり戻った時に、お嬢さまの苦労がより大きくなるだろう。
 もう、あれこれせずに大人しくしていようと思った時ほど、何かそうしていられない事態になる。

 少しだけ、お嬢さまを恨む気持ちが強くなるけれど、恨んでも何も変わらないので諦める。

「俺たちが居てもあの態度なのには驚いたけどな」
「⋯⋯く○ばばぁ」

 私も、クリスもテレーゼ様も驚いてお兄さまを見る。

 お父さまにもお母さまにもそんな態度は取らないし、使用人にも当たりのよいお兄さまが、敬うべき老人で血の繋がった祖母に、こんな態度を取るだなんて⋯⋯

 これから何日かの滞在予定に、ため息しか出なかった。




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