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テレーゼ様と私
67.宿場町
しおりを挟む領地まで二日間。明日の朝には着く。
途中の宿場町の馬車駅付近は、露店と宿屋がたくさん並んでいた。
乗合馬車はここで馬を取り替えるらしいけれど、侯爵家は、馬車一台に繋ぐ馬車馬を多くして負担を削減して、急がずに来たのでそのままだ。
「坊ちゃま、お嬢さま。本日の宿はこちらになります」
あの、引っ越しかと思うような荷物を積んだ大型の馬車を御していたのは、なんと家令のジェイムズさんだった。
お父さま達のことはいいのかと思ったけれど、王城へも付き従う秘書官を兼ねた執事や家政を取り仕切る執事も、家政婦長もメイド長もいるので、大丈夫だという。
「わたくし如きが一人居なくなったからといって、お屋敷のことが停滞するような教育は致しておりません」
ジェイムズさんはお祖父さまの代から執事をしている最古参で、いずれは王都のお屋敷は育てた執事に任せて、領地のお祖父さまの元に帰るつもりなのだという。
「そのための教育と配置、使用人の体系は作り上げてきておりますから」
それはそうかもしれない。
領地へ戻られるのでなくても、いずれは居なくなる。誰でも。
次代を育てるのは当然のことだ。
「ここはね。両親なんかも、領地に戻るときに必ず泊まる宿なんだ。実は、ランドスケイプの氏族がやってるんだ」
貴族や豪農、大商人なんかが泊まる事を前提とした、華美ではないが重厚な造りの、アンティーク家具が中世の頃から綿々と継がれてきた重みを感じさせる宿だった。
どちらかと言えば、領主の別宅か迎賓館のようだ。
「当たり。実際に、先祖の建てた別宅で、王都や帝都に出る時の定宿のつもりだったらしい。何代か前から、王城で高官を勤める当主が続いて利用回数も減って、ならばついでにもっと他も泊めようかって話が出て。街道を行く貴族を泊めてたのを有料化して維持費を稼ごうって事で、そのまま宿屋も始めたのさ」
商魂たくましいというか、それまで善意で泊めてたのを有料にして、軋轢は受けなかったのかしら?
「元々氏族以外はあまり泊まらなかったんじゃないか? 小金を払って貴族気分を味わいたいって豪農や商人もいただろうし」
館の奥に、ここを管理する人達が住んでいて、宿泊施設部分の表向きの支配人は執事がやっているとのこと。
「ランドスケイプ本家の皆さま方がお泊まりとのことで、今夜は郷土料理を交えたお食事を用意させていただきます」
「エトムント、久し振りですね」
「ジェイムズさまがご一緒でしたか。これは、ますます気を引き締めねば」
「これ。本家の皆さま方がいらっしゃるのに、私が居る居ないで仕事ぶりが変わるのですか?」
「そ、そう言う意味では⋯⋯」
エトムントさんもタジタジだった。さすがはジェイムズさん、厳しい。
「若君は何度かお会いしてるでしょうが、こちらがアンジュリーネお嬢さまとその婚約者さま。そちらが、ヴァルデマール公爵家のテレーゼ様。お嬢さまとは従堂妹姫になります」
「初めまして。アンジュリーネです。一晩、お世話になります」
続いてクリスとテレーゼ様が挨拶をすると、大家の子息令嬢に、エトムントさんの顔色が失せていく。
きっと、絶対に粗相は出来ないとか思っているんだろうな。
「あの二人は?」
周りを見渡し、お兄さまがクリスに訊ねる。
「ああ、アンジュに無礼を働いた詫びとして、無償で荷馬車の番をするらしい。寝床も、馬車で休むから要らないそうだ」
「まあ、馬車でちゃんと休めるのでしょうか?」
「アンジュ、心配ないよ。遠征中なんか、野営地の地べたに寝ることもあるから。馬車の中や幌の上は、まだ寝やすい方だよ」
「え? クリスも?」
「あ、いや⋯⋯ 俺は、一応、第一師団の大将だから、作戦本部のテントの中で簡易寝台に寝ることが多い、から」
恥ずかしそうによそを向く。
「大将まで地べたに雑魚寝じゃ格好がつかないだろ。爵位・領地持ちの騎士達の師団であって、傭兵部隊じゃないんだ。それなりにまわりに示すべき体面とかあるだろ。大将くらいは特別扱いをしても普通だろ、恥じても仕方ない」
お兄さまの言うことは、解るような解らないような。野営地で、誰かが見ているのかしら。
「それもあるけど、下の者に、コイツは特別な存在だと、お前達の主なんだと示す事も必要なんだよ。昔の皇帝に仕えた帝国騎士じゃなくて、主だった家系の男子はほぼ騎士だという公国の、大公がとり纏める騎士達で、公爵家が率いる騎士達なんだよ。コイツはその総大将の息子なんだ。敬われ、剣を捧げられるように、特別な存在であると配下の者に見せなくてはならない。時には、目に見える形も必要なんだよ」
男性の縦社会も色々あるのね。
「騎士達に必要なのは、下々に混ざって雑魚寝出来る親しみやすい主しゃない。力と威厳を見せつける強い特別な存在の主人なんだ。まだ一八歳の若造だと嘗められないように、まわりが特別扱いをして、あの副長や小隊長達に敬われる人なんだなーって思わせるんだよ」
「テオ、もう止めてくれ。俺の心臓が瀕死だ」
お兄さまに解説されてよけいに恥ずかしくなったらしい。
この宿でいただく晩餐は、とても美味しかった。
これが、ヒューゲルベルクの味なのかと、忘れないように味わって食べた。
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