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テレーゼ様と私
65.荷造りをしろ?
しおりを挟む「イルゼ、フリッツ。マクダレーネと共に荷造りしろ」
突然、お兄さまがイルゼさんに命じた。
荷造り? なんの?
と思う暇もなく、イルゼさんがお嬢さまの部屋付きのメイド達に指示し、そこへメイド長のマクダレーネさんが加わって、引っ越しでもするのかと思うような荷造りが始まる。
まさか、私が偽者だとバレて追い出される?
にしたらお嬢さまの宝飾品の一部まで入るのもおかしい話。
なにごと?
「お前、ずっとこっちにいて、領地の事は殆ど知らないだろ?」
いえ、ヒューゲルベルクには一度も足を踏み入れた事はありませんが。それは私の話であって、お嬢さまの事ではない。
「はい」
実際はどうなのか知らない。身代わりで存在していればいいくらいに考えていたのか、交際のある人ない人、くらいは教えてくれたけれど、自身が領地についてどれくらい知っているのかとか、行ったことがどれくらいあるのかは教えてくれなかった。
多分、そこへ意識が向かない程度しか識らず、行ったことも殆どないのだろう。
二十歳になる前にどこかへ嫁がされるのだから、識る必要がないとでも思っていたのかもしれない。
そんなはずはないのに。
「見せてやる。お前のルーツの領地を、領民を。お前がちゃんと領地で育っていれば見ていたはずのものを。識って損はない」
「はい。⋯⋯はい? わたくしが、領地にですか?」
え? ちょっと待って。いつお嬢さまが戻って来てもすぐに入れ替われるように、ここで待っていなくちゃなのに!
「そうだ。見たことない⋯⋯くらいに憶えてないだろ? お兄さまが案内してやるぞ」
「とてもありがたいのですが、わたくしはお父さまの図書室の本でお勉強を⋯⋯」
「勉強はどこでも出来る! 本宅のお祖父さまの蔵書も素晴らしいぞ? 俺は半分も読んだことないが」
「素晴らしいのですか?」
「ああ! 母上に訊いてみろ。結婚して初めてマナーハウスに行った時、父上と図書室に入って、飲まず食わずに丸一日出て来なかったと聞いている。屋敷のみんなは、父上と睦まじくしていたと思っているようだが、本当は、二人とも読書三昧だったらしいぞ?」
王城の秘密の書庫でもそうでした。
「ほらほら、行ってみたくなっただろう? そもそも、普通の貴族は、会期が終われば領地に戻るものだ」
それはそうかもしれないけど、お父さまはお城で要職に就かれていらっしゃるので、領地はお兄さまとお祖父さまにお任せしているではありませんか。
いつもお父さまのお傍にいらっしゃるお母さまと、賑やかなのがお好きなお嬢さまは、お父さまと王都の貴族街のタウンハウスに暮らして来た。
「だから、嫁ぐ前に一度でも、領地を見ておけ。な?」
そうこう言っているうちに、優秀なメイド達は引っ越しかと思うような荷造りを終え、すでに従僕達が運び出していた。
でも、確かに見てみたい。
地図で見ればクリスのハインスベルクにほど近い自然豊かな土地で、ヴェストファーレン州の西部の野菜や果物をまかなっているとされる。
亡くなった父が雇われていた伯爵さまの穀倉地も、実は隣接している。
お嬢さまが、こちらへ来て入れ替わってくれるなら、そのまま父の墓へいける。
そして、クリスの領地を見て、その後はどこか遠くへ⋯⋯
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