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テレーゼ様と私
59.騎士団公国(Ritter Fürstentum)
しおりを挟む── 一度、僕のところに来ないか?
クリスの国に? 私が?
「あら、いいですわね。ネーデルラント(オランダ)やずっと南西のベルギェン(ベルギー王国)へ続く街道や、豊かな自然区があって素敵なところなんでしょう? わたくしも、アンジュ様と一緒してもよろしいかしら?」
「昔には、実際にネーデルランドの一部だった事もあったみたいだけどな」
クリスはいいとも来るなとも言わなかった。
「未来の選帝侯ともあろう方が、テレーゼ様には嫌な表情出来ないのか」
「そっちこそ。俺は、父上に言われたんだ。王都に行くなら、ヴァルデマール公爵家を無碍に扱うなと」
「まあ、あそこは帝都にも通じる大街道を中心に広がった大きな商業都市を持ってる領地だからなぁ。うちの王家にも姻戚関係あるし、前皇帝の血筋も降嫁してる。あそこも選帝侯の権利持ってるしな。独立国家にならないのが不思議なくらいだ」
「この国に属していながら、帝国法で自治権も砦を構える事も軍隊を持つ権利も持ってるから、独立国家と言っても大差ないだろ。ウチと対当の立場として扱えって事なら、俺を公子と呼ぶテレーゼ様も、公女扱いしないと」
「⋯⋯テレーゼ様が婚約者でなくてよかったな。尻に敷かれそうだ」
「テオ、名乗りを上げるか?」
「遠慮しとく。うちは精々、王城で高官を勤める生真面目侯爵程度ですから。領地のお祖父さまは公爵位を持ってるけど、継ぐかどうかはわからないしな」
「え? 継がないのか?」
「俺が、公爵様って柄に見えるか?」
「俺だって西の辺境伯の甥で、領邦侯(半自立公国主)扱いだけど、辺境伯と共に国境を守る騎士公爵様になるんだが」
「お前は、害獣駆除や傭兵崩れの野伏りや夜盗狩りの英雄さまだからいいだろ」
「そういう問題かな。それは俺らの騎士団公国としての存在意義のひとつだから、特別なことじゃないだろ」
クリスとお兄さまは肩を組んでこそこそ話をしながら屋敷に入っていく。
テレーゼ様も近づいて来て、私の腕を取る。
「自然区で、エーデルワイスを探す約束なんでしょう? 行ってみてはいかが?」
私は、お嬢さまが戻ってくるのをこの街で、この屋敷で待っていなくてはならないの。
入れ替わってから、ひと月以上経ったのだから、そろそろいい薬があって効いてきたかもしれない。
あの最後に見た鬼気迫る感じは、もし生きる意欲だけで病が克服できるなら、絶対に根治できそうに思える姿だった。
もっとも、治療が済んでも、荒れた肌を回復したり、落ちた体力を養い、元の、高位貴族家の令嬢らしい姿を取り戻さなければ、すぐには入れ替われない。
本当に完治したのか、様子も見なければならないだろうし、後どれくらいかかるのだろうか。
早く帰って来てくれないと、侯爵家を離れる時の、私の辛さがどんどん大きくなってしまう。
それに、いつまでも、淑女ごっこで通るとも思えない。違和感は大きくなる一方だろう。
「わたくしは、お父さまの図書室でお勉強が⋯⋯」
「侯爵家の領地にも行きませんの?」
「ええ。お父さまも、議会の会期が終わっても、通常業務がなくなる訳ではありませんし、お兄さまは領地へ戻られても、両親とわたくしは、王都に残ってますの」
これは嘘じゃない。と思う。お嬢さまからはそう聞いている。
いつもは領地に居て殆ど会えないけれど、入れ替わりに気づくならお兄さまだという言い方だった。
いくら化粧や仕草を真似てみても、私達が別人である以上、家族には一発でバレるだろうから、正直に話した方がいいと何度か言ったけれど、お嬢さまは聴いてくれなかった。
大事なのは、悪い病を得たことを、これまでの行動でも見た目でも誤魔化せないという事態で、健康な姿の私がお嬢さまとして存在し、内外に存在感を見せる事。
最悪、家族にはバレてもいいと言う。
バレたらバレたで、事態を収拾するのに手を貸してもらうのに、説明の手間が省けるのだと。
侯爵家の、婚約者もいる箱入り娘が、社交の場で男から根治の難しい病をうつされたという事実は、外聞が悪く、隠蔽するしかないはずだとも。
悪いことをしたという気はないのだろうか。とは訊くことは出来なかった。
クリスの国。
行ってみたい。子供の頃、一緒にエーデルワイスを探そうと約束したからだけじゃなく、隣国や隣国を支配していた大国が欲しがった、自然豊かな土地。自然豊かな辺境地で育ったからか、心惹かれる土地。
騎士団公国だからか、鉄工業や鋳造鍛造工業、馬や羊の育成や羊毛手芸・毛織物が好調な土地でもある。
国土は国境にあって、ネーデルラントへの街道、近隣の連邦諸国を通ってベルギェンやシュヴィーツへ通じる街道も通っていて、宿場町としての顔も、貿易も盛んで商業都市としての顔も持っている。
行ってみたい。そこで暮らしてみたかった。
「わたくしは、来年嫁げばいつでも見ることが出来るのです。そこでずっと暮らすのですから。それまで、今は、ここで勉強がしたいですわ」
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