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テレーゼ様と私

57.秘密の話は馬車(密室)の中で

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 ──実は、彼女達も、双子だったのです

「え? 何を言って⋯⋯」

 頭の中で王家の系譜を紐解く。

 現王家には七十歳の国王と、三人の王子とそれぞれの妃、王子と王女。
 王女は二人。どちらも帝国内の友好国に嫁いで現在この国には居ない。

 先代は、第一王子は成人してすぐに亡くなって、第二王子は身体が弱かったということで、公爵家へ婿に入り、第三王子は国境の小競り合いを収める戦場で散り、現国王の母君が、中継ぎで短い期間の女王だった。

 先々代には寵姫や娼妃がいたけれど王との間に子はおらず、正妃の産んだ三人の王子と女王になった王女の他に、お嬢さまとテレーゼ様の曾祖母である、メヒティルデ様と(マチルデ=権力と戦いの意の古語) ミリヤム様が高貴で美しいの意の古語 いる。

 けれど、系譜には、メヒティルデ様とミリヤム様は、年子だとある。

「そう。ミリヤム様は、兄王子達と同じでお身体が弱いとされて、7つになるまで奥宮から一歩も出ない暮らしをされていたの。
 実際には、8つだった訳ね。メヒティルデ様と同じ日に双子でお生まれだったのに、ミリヤム様は公表されず、翌年、生まれたと知らされるのみで、国民や貴族達に顔見世が成されたのは公式年齢は7つの本当は8歳の時。儚い美しさを持った、白磁の肌に白金の髪と淡い黄緑の橄欖石ペリドットのような瞳をしていたそうよ?」

 奥宮に隠されて育てられ、陽にあまり当たらない暮らしから色素が薄い姿になったのだろうとテレーゼ様は言う。

「わたくしの家に残されていた小型精密画ミニチュアールのメヒティルデ様とミリヤム様は、とてもよく似ていて、瞳の色の濃淡と髪の色が金髪と白金なのを覗けば、同一人物かと思うような姿なの」
「画家の腕前や癖もあるんじゃないか?」
「そうかもしれないわね。でも、隠すように、宝石箱の二重底の下にしまわれていたの。母や祖母、父や家族は知らないみたい。それと、日記も見つけたの」

 年子だと系譜には載っていても、国民に知らされたのが1つ違いだと言われても、本当は双子で、同一人物のように似ている?

「故人の日記を盗み読んだのか? テレーゼ様も案外⋯⋯」
「わたくしの知りたい事、知らなければならない事に関わってくる内容があるかもしれないでしょう? 事実、知って良かったことも書かれていたわ。知らなければ良かったこともね。
 わたくしの曾祖母メヒティルデ様は、ずっと脅えて暮らしていたようなの」
「何に?」
「自分に、かしら。それとも、まわりから押しつけるように聞かされた迷信? 曾祖母は、いつか自分が気が触れて悪魔憑きと呼ばれるようになるんじゃないか、自分も双子を産んで、畜生腹と姑に貶まれるのではないかと、死の間際、日記の絶筆まで鬱々と書き綴られていたの」
「それ、全部呼んだのか?」
「ええ。もしかしたら正常に見えてすでにおかしくなっていたのかもしれないわね。彼女の中では、いずれそうなることは決定事項だったみたいなの。そして、双子の妹、ミリヤム様を見るのがもっと恐ろしかったみたい。まるでドッペルゲンガーのように存在感を奪われたり、公爵夫人の座を取って代わられたりするんじゃないかって疑っていたみたい。まあ、曾祖母に数年遅れて、ミリヤム様もノイエラグーネ侯爵家へ嫁がれたのだけれど」

 ノイエラグーネ侯爵夫人になったミリヤム様は、やがて二人の男の子と一人の女の子──ギーゼラ・ロスヴィータ様をお産みになる。
 ギーゼラ・ロスヴィータ様は、ミリヤム様とノイエラグーネ侯爵の美貌を受け継いで、お祖父さまゲルハルト・ゴットヘルフ・リーベスヴィッセン公爵に望まれて嫁いで来る。

「ギーゼラ・ロスヴィータ様はとてもお美しい方だったけれど、父侯爵様に似たのでしょう、あまりミリヤム様とは似てなくてむしろ、ミレーニア様がミリヤム様にとてもよく似ておいでなのよ」

 隔世遺伝? 祖父母に似ることはままあることだから、そんなには驚かないけれど。

「今度、我が家にいらしたら、その精密画をお見せしますわ。きっと、驚かれますわよ」

 驚くほど似ているという事? 母とお母さまくらい? 母とお嬢さまの、面影があるくらい?

 どちらにしても、貴族には、血筋を守るために血族婚を繰り返した歴史と、今でも氏族婚は少なくない事から、似た顔立ちの(特徴のない)整った者が多いのは事実だろう。

「ノイエラグーネ侯爵家に、ミリヤム様の記録が残ってないか見せて欲しいところだけれど、そうもいかないでしょうね」
「さすがに、何調べてんだって変に勘ぐられるだけじゃないか? 見せてはもらえないだろう」
「ギーゼラ・ロスヴィータ様の曾孫アンジュ様でもダメかしら」
「やめておけって」
「⋯⋯そうね。我が家のメヒティルデ様の日記や精密画も隠されていた事だし、現当主も知らない可能性もあるわよね。そうでなくても王家の秘密を曝くのは得策ではないでしょうから、曾祖母の日記だけでもよしとするわ」
「何を調べてんだか知らないけど、知りすぎたとかって消されたりしないようにな」
「クリストファー様。そんな怖いこと、仰らないで」
「クリス。って呼んでよ。まあ、ごめん、威かしすぎたかな」

 でも、王家が双子の存在を隠していたのなら、それを曝こうとするのは危険だと思う。
 
「その、脅えて強迫観念に囚われていたらしきメヒティルデ様の妄想って事はないのか?」
「有り得なくは無いけれど、事実だと思うわ」
「どちらも、また片方の娘も亡くなってるんだ、今更だし、深入りするなよ」

 王家の秘密を曝こうとするのは得策ではないというテレーゼ様。
 曾祖母やその血筋の事を調べるのは、王家の秘密を明るみに出す事?

 知りすぎたとかって消されたりしないようにな

 クリスが怖いことを言うから、自分も侯爵家の秘密となるであろうお嬢さまの身代わりをしているから──手が震えて、寒気がしてくる。

「っこいしょ、と」

 え?

 うつむき加減に身を固くして震えていたら、身体が浮いて、くるりと反対方向へ回されたかと思うと、温かな場所へ座らされる。

「怖がらせてごめん。大丈夫。テレーゼ様がご自身のルーツを知っただけだ。これ以上探らなければまだ問題ない域だよ。
 侯爵家に着くまでこうしてようか?」

「いっ、いえ! 大丈夫ですわ。テレーゼ様も見てらっしゃる前で、こんな、降ろしてください」

 クリスの膝の上に座らされて、後ろから抱き締められているような格好になっていた。

「気にしないで。テレーゼ様は見てないから」
「目を逸らして知らないふりをするくらいの気遣いは出来ましてよ」

 いえ、止めてください、テレーゼ様!!

「クリストファー様、テレーゼ様と随分と仲よくなられましたのね」
「仲よくというか、利害関係での協力者協定を結んだと言うべきかな?」
「わたくしも気をつけますけれど、あなたの天使 • • にも気をつける事ね」
「自分からそんな危険なことはしないと思うけど、気をつけておくよ。
 それよりも、俺の天使は柔らかな翼を持っていて、目を離した隙にどこかへ跳んでいってしまうんだ。一度見失うとまた10年探し続けないといけなくなるかもしれないからな。翼をもぐことは出来ないけど、捕まえておくことは出来るよな」
「アンジュ様は、噂とは違って • • • • • • 初心ウブなようですから、やり過ぎないようにお願いしますわね?」
「解ってるよ。可愛いだろ?
 ほら、手は指を組んで君の膝の上だ。柔らかなところに触ったりしないから。不埒な事をしているんじゃなくて、震えていたし怖がらせてしまったお詫びに、こうしているだけ。ね?」

 ね? とか言われても、子供じゃあるまいし、テレーゼ様の目の前でお膝抱っこなんて。幾ら、窓の方を向いて見てないふりをしていただいても無理。

 でも、激しく暴れて抵抗するのもどうかと思うし、降りようと上半身を前に傾けるだけで引き戻されて、前より拘束力が強くなるので、諦めて、侯爵家に着くまでおとなしく、羞恥と動悸と息苦しさに堪えるしかなかった。



 ❈❈❈❈❈❈❈

セリフばかりで申し訳ありません。
切りどころが判らなくて、三千文字超えてしまいました💦

暗い内容が続いたので耐えられなかったのか、ちょっとだけ、クリスが見切り発車しました。


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