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婚約者様と私
34.本当はダンスはお上手?
しおりを挟むクリスのドレスを夜着に着替えて、もう明日に備えて休むはずだったのに。
なぜか、侯爵家にあるダンスホールでお父さまやお兄さまとダンスのお復習いをしていた。
「私は、明日も朝が早いからな」
「でしたら、お休みにならなくては」
「お前とは中々顔を合わす時間も少ないから、たまにはダンスを見てあげようと思ったのだ。踊るのは久し振りなのだろう? 明日はよく休まなくてはならないだろうから、今夜の内に一度だけ、な?」
大臣で、本の虫のお父さまだから、ダンスは嗜み程度なのかと思いきや、とてもお上手だった。
それに、文官で五十というお歳にもかかわらず、お腹も出ていないし、足捌きも颯爽となさっている。
「これでもね、若い頃はよくダンスに誘われたのだよ。侯爵夫人になりたい娘は多かったのだろう。それに、国内でも帝都でも、諸国との会議の後、交流と情報交換の場として、舞踏会が開かれることは少なくなかったので、気が進まなくても、各国の大使夫人と踊らねばならん。下手では格好がつかんからな」
時々、お母さまと二人っきりで、このホールで踊られるのだという。
本当に素敵なご夫婦だ。
侯爵夫人になりたいから独身だったお父さまと踊りたがった令嬢がいたと仰ったけれど、こうして踊ってみて解る。
お若い頃のお父さまは、とてもモテたに違いない。
年相応の深みは多少あるものの、四十前のお母さまと並んで遜色ない若々しいお姿。ううん、お母さまと愛を育んでお気持ちもお若く、仕事に生活に充実しておられるからこそ、本当に内から若々しいのだわ。
お顔だちも、目立った特徴はないけれどその分整っていて、穏やかでとてもハンサム。
お兄さまも、お母さまの良いところとお父さまの素敵なところ両方を受け継いだ、令嬢達にモテる美形だと思う。
以前、お母さまは嫁の来手がないと仰ったけれど、その気になればすぐに義姉を迎えることは出来るだろう。
そして、お兄さまは、手慣れた踊りをされるお父さまよりもお上手だった。
「ダンスも基本と応用、適度な運動だからな。練習相手は、夜会に出ればごまんと居る」
ご令嬢達は練習相手ですか。そう言うところが、お母さまに貴公子としてイマイチ、もっと女性の心を学びなさいと言われる所以かしら。
クリスのドレスを汗まみれにしたくなかったので、お嬢さまがダンスを習われていた頃の練習着をお借りした。
運動をするため胸やおしりは寄せ上げしなかったので、平均的な年頃の娘ラインの体型に戻っていたけれど、お父さまはそういった事には気づかないのか、なにも仰らなかった。
「これなら、明後日も、クリストファー殿もお前も恥はかかないだろう」と納得して、お父さまがお母さまとお部屋に戻られた後。
お兄さまは、私をくるりと回らせながら「まあ、ダンスの練習だから、コルセットやビスチェで締め上げないもんな」とフフンと鼻で笑い、三曲分踊ると、今後は夜会に出る前日は兄妹で練習しようと約束してお部屋に戻って行かれた。
「エルマさん」
「なんでございましょう」
「お嬢さまは、あんまりお上手じゃなかったみたいだけれど、どうしたらいいかしら?」
クリスの名誉のため、私なりにちゃんと踊るべきか、お嬢さまの代役らしく、辿々しいステップにするべきか。
「お嬢様がお上手でなかったのは、お相手が婚約者様だったからでございます」
「どういう事?」
「お互い、親の決めた相手だからと、そっぽを向き合い、身体を離して踊れば、みっともない物になるのは明白。
交際相手とは、それなりに楽しげに微笑んで、綺麗に踊っておられました」
私に、クリスとのダンスを再現して見せた時も、厚手の手袋をはめた従僕のフリッツと身を離して躍っていた。
お嬢さまと変わらない身長で細身のフリッツとでは、ターンもぎこちなく、ステップも習い始めから慣れてきた頃の少女のようだったけれど、あれは、フリッツに病をうつさないための配慮の結果と、クリスとの形式的なダンスを再現したものだったのね。
そして、交際相手の美男子達とは、にこやかでそれなりのダンスを踊っていたのか。
本当に、お嬢さまの遊蕩ぶりは、まわりの人達にバレていなかったのかしら?
そんなに、クリスとの差を出していたなんて。
「まあ、貴族令嬢にはよくある事です。私も身に覚えがございます。
親の決めた意に染まぬ婚約者とつまらないダンスの後、愛想を振りまくべき格上の貴族男性や気の合う令息と楽しいダンスを踊る。
まわりもその辺は察して、或いはよくある事だから、たいして気をひくこともなく話題にもしないのでしょう」
親兄弟か婚約者としか踊らない箱入り令嬢もいるけれど、たいていは、同じ夜会に参加した色んな男性と踊ることになる。
だから、クリス以外の男性と楽しげに会話しながら踊ってもさほど話題にはならないということなのね。
私は社交デビューする前に父が亡くなって、お祖父さまの後見で平民となったから、夜会の様子は殆ど知らない。
せっかく習ったダンスを披露する場もないまま、下町に働きに出た。
貴族学校もギムナジウムに2年ほど行っただけで卒業できなかったので、本当に貴族としての活動は、学校での模擬試験や子供向けのお茶会や舞踏会にほんの数回出ただけ。
本当の私を知っている人は少なくて、ランドスケイプ侯爵令嬢と入れ替わっているのが私だなんて気づく人もいないはず。
まずはその身を離してのみっともないダンスをして、後は壁の花になるか、早々に帰ってこようと決めた。
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