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婚約者様と私

31.クリスからのお嬢さまへのドレス

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 お父さまが、淡い紅色のドレスを持って、帰宅した。

 お金に余裕のある高位貴族は、当主が手土産にドレスを持って帰るのだろうか?
 お母さまがしてくださったように、デザイナーを邸に呼びつけてか、或いは店に出向いての、オーダーメイドなのかと思ってたわ。

「違うよ。これは、クリストファー殿からだ」
「クリスから?」

 お父さまが苦笑いで、答える。
 初夏でもきっちり着ていたジュストコールを脱いで家令ジェイムズさんに手渡し、クラヴァットを解いてジェイムズさんに続く執事に手渡す。

 さすがにそれ以上は、私やお母さまの前で脱ぐことはなかったけど、よほど暑かったのね。

「クリストファー殿の率いる騎士団が遠征から戻られた。これは、その報せと共に、王城で働くわたしに、明後日の夜会に参加するために迎えに来るとの先触れが来たのだ」

 帝国が勢力を保ち、近隣諸国の情勢も落ち着いてくると、小競り合い程度はあるものの、大きないくさはなくなる。

 それはそれで平和でよい事なのだけれど、平和になると逆に食べていけなくなる人達がいる。
 傭兵達である。

 国や貴族に雇われている兵士や騎士は、多少収入が減ろうとも、警護や副業などで生計は立てられる。
 けれど、戦があって初めて雇われる傭兵達は、平和になると逆に、短期の護衛などの仕事があればいい方で、兵士や騎士のように、訓練と巡回や警護で食い扶持を稼ぐことは難しくなる。
 そうなると増えてくるのが、食い詰め者の集団による、追い剥ぎや村を襲撃略奪する盗賊団である。

 お嬢さまがわたしを連れに来る少し前に、そういった集団の掃討作戦のため、クリストファー様の率いる騎士団は遠征に出ていたのだけれど、ついに、無事に帰って来たらしい。

「今度の夜会は、ドレスコードが花なのだそうだよ」

 薄紅色のドレスは、大人用だけれど、子供服で帝都で人気のブランド、クライナーエンゲルの総レースドレスだった。

「クリストファー殿の贈ってくるドレスは、いつもそのデザイナーのものだね」

 子供の頃、母が買ってくれた唯一の高級ドレス。
 眼の色に合わせてグリーン系で、それがクリスが私に声をかけて来たきっかけのドレス。

 そう言えば、お嬢さまのクローゼットには、クライナーエンゲルのドレスは、一着もなかったけど、どうしたんだろう?

 お父さまは晩餐前に埃を落として着替えるために、執事や従僕を引き連れて自室へ。

 クライナーエンゲルのドレスの箱を両手で受け取った姿勢のまま、エルマさんが促して来たので、私も部屋に戻る。

「気になったでしょうから、一応お教えしておきましょう。
 今まで、エルラップネス公爵子息の贈られたクライナーエンゲルのドレスは、お嬢様が『子供服のメーカーじゃないの!!』と仰って、全て一度も袖を通さず、ひと目見ることもなく、少女時代のドレスと共に衣装部屋のクローゼットにございます」

 お嬢さまのお部屋の隣にある衣装部屋。

 クローゼットを開いて見ると、四つ。一対の翼のレリーフ押しのある箱が。

「去年のご婚約から、我が国の王城で二回、帝都の皇帝の居城で二回、舞踏会に出るために送られてきたものでございます」

「わたくしに贈られた物ではないけれど、見てもいいかしら?」
「今は、あなた様がお嬢さまです。お嬢さまの物はご自由にお使いください」

 クリスからのお嬢さまへの贈り物なのだから、悪いとは思いつつ、リボンを解く。
 お好みでなかったにせよ、せめて、リボンは解いて、中を見てみるべきだったのではないかしら?

 罪悪感と、少しの怒りを感じながら、中を見せていただく。

 お父さまが持って帰られた、レースの花を飾ったドレスと似ているけれど違う、でもクライナーエンゲルだと解る繊細で美しいドレス。

 一番最初に贈られたという物は、出逢いの天使をイメージされた子供用ドレスから翼を外した物を大人用にアレンジしたように見える。

 彼の中での、女性に着て欲しいデザインなのか、アンジュヽヽヽヽリーネという名前から、子供の頃の私かもしれないという遊び心があったのか⋯⋯
 白に近い淡い緑色なのも、お母さまやご自身の眼の色から緑がお好きなのか、やはり私なのか確かめたかったのか⋯⋯

 エルマさんに訝しまれると思いつつ、涙が堪えられない。

 彼が、あの、ほんの数回会っただけの私を憶えてくれているのかもしれない。

 今回はドレスコードがあるらしいから、お父さまが持って帰られた、レースの花のドレスを着るけれど、次はこのドレスを着よう。

「お嬢さま?」
「あ、ごめんなさい。あまり親しくなかったと窺ってましたけれど、お嬢さまを想って白緑びゃくりょくのドレスを贈られていらっしゃるのに見もしないなんて、婚約者の方が少しお可哀想と思ってしまって⋯⋯」

 なるべく見られないように、溢れる前に涙を拭う。

「着てみられますか?」




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